時は昔。
「…また、あの音…」
私たちが住む村の北側には、大きな山がそびえている。
その山からは、毎日のように笛の音が聞こえてくる。
それを薄気味悪いと嫌う人もいれば、何も聴かなかったふりをして通り過ぎる人もいる。
どちらにしろ、そこに近づく人などいなかった。
けれどもその音色は何だか懐かしくて…寂しくて。
私はその音を聴くのが、結構楽しみだった。
「撫子(なでしこ)、知ってる?」
ある日寺子屋の友達が、目を輝かせながら問いかけた。
そんなことを訊かれても、主語がないと何を訊かれているのかさっぱりわからない。
情報通の彼女は仕入れた情報をいち早く言いたくて仕方ないのだろう。
「あそこの山ね、天狗が住んでいるらしいよ」
「…天狗?」
「そう。いつも聞こえる笛の音はその天狗のしわざなんだって」