普通なら欠陥住宅の部類に入るだろう。
というくらい、俺の部屋の壁は異常に薄い。

もともと兄貴とふたりで使っていた16畳の洋室を、後から二部屋に区切ったからだ。

たぶん俺が小学校を卒業する少し前。父さんの提案により、子供部屋はふたつに分けられた。
自分だけのお城ができて、少し大人になった気分で、むちゃくちゃ嬉しかった。


けれど俺は今、その壁を取っ払ってしまいたい、とモーレツに思っている。


  *  *  *


「……んー」

あ、起きたな。

「ふ…ああぁーっ」

相変らず、でかいアクビ。

防音効果なんかちっともない薄い壁のせいで、兄貴の部屋の様子はほとんど俺に筒抜けだ。

別に、知りたくないのにな。
いや、正直、ちょっと知りたいけどな。

問題はその声が兄貴じゃなくて、“兄貴の彼女”の声だってことだ。

しかも肝心の兄貴は、もうこの家にいない、ってことだ。


つまり俺・浅田ケイは、
プライバシーもへったくれもないような薄い壁一枚を隔てて、兄貴の彼女――“まなみ”と暮らしてるってわけ。




「おはよう、ケイ」

ダイニングに行けばいつも通り、父さんや母さんがいる。

「おはよっ、お兄ちゃん」

朝から元気な妹が、食パンかじりながら俺に挨拶する。

「おう、おはよう」

って、俺は普通に挨拶を返すけれど、実はひとりだけに向けて言っているんだ。

寝グセのついた短い髪を揺らしながら、朝食の準備をしている、その後ろ姿に――

「あ、ケイ。おはよ」

……まったく。
人の気も知らないで、爽やかに振り返ってくれるじゃねーの。