翌日は自宅で過ごした。
パパはいつも通り出勤して、ママは必要最低限の荷物をキャリーケースに詰める作業をした。

「パパ。出勤するの?」

家を出る前のパパに声をかけた。
「ちょっと心の休憩をするだけだから。大丈夫だよ。話なら昨日の夜、ちゃんとしたから。」とパパは言って、私の頭をぽん、ってした。

「ママ。手伝おうか。」

リビングに下りてきたママに言った。
ママは首を横に振った。

「もう終わったから大丈夫。お昼には行くわ。」

「荷物、それだけ?少ないね。」

“少しの間”がどれくらいか分からない。
キャリーケース一個。ママが準備した荷物は本当に少なくて、このまま一生帰ってこないつもりでは無さそうって気持ちと、旅行に行くわけじゃなくて、実家なんだから生活に必要な物はあるのだろうって気持ちが入り混じる。

ママが帰ってくるのが先が、私が死ぬのが先かは分からない。
でも、“これで最期”なんだろうなって気持ちが漠然とあった。

「パパ、何て言ってた…?」

「ゆっくり休んで来なさいって。本当に、お人好しなんだから。」

「ママ…、パパのことはちゃんと大事だった?」

「もちろんよ。」

パパに対する気持ちが愛情だったのかどうかは分からないと、昨日ママは言った。
けれど曖昧な表現でも、パパのことを大事だってママが言い切ってくれて、それだけで私は満足だった。

「そう。良かった。」

その日の正午過ぎ。
ママは実家に帰っていった。
私は玄関までしか見送りには行かなかった。
ママもそれ以上は望まなかったし、長い間家を空けることについても、何も言わなかった。

ママにもパパにも、死を決意したことは言わない。
パパには恨み言も憎しみも無いけれど、だからこそ最後の時間は“親子らしく”過ごしたかった。

私が死んだ後で、パパは真実を知ることになるだろう。
この家族の結末で一番不幸になってしまうのはパパかもしれない。

誰よりも一番ママを大切にして、私を愛してくれた人なのに。
その償いも恩返しもしないまま、私は自分の幸せの為だけに、全てを終わりにしようとしている。

許されることではないけれど、どうせ身勝手な感情で産み落とされた命だ。
私も、深春も。

だからごめんね。
これが私と深春にとってのハッピーエンド。
どうか許して欲しい。