*番外編



「オラー!!このくそ犬が!!」

「キャイン……キャン、キャン」

 腹部をけられた犬が、悲痛な泣き声えを上げ、尻尾を後ろ脚の間に入れ込みブルブルとふるえている。

「こぎたねえ犬が!!」
 
 犬が汚いのは主人である男のせいだというのに、責任転換もいいところ。何も言えない犬は怯え、体を丸めるしかない。

 犬の主人である男がもう一度、目の前で震える犬を蹴り上げる。すると犬は驚くほど簡単に宙を舞い、壁に身体を打ち付けた。何度も何度も殴り、蹴られ続けた犬は力なくその場で動かなくなった。呼吸だけは「ハア、ハア」と荒くさせるも、犬の主人である男はそれを横目に部屋から出て行ってしまった。

 犬は主人からの一方的な暴力が終わったことに安堵し、ゆっくりと呼吸を整える。そしてゆっくりと目を閉じると、前世での記憶に思いをはせた。



 俺の名前はファルロ・リトアニー・アイドニア。かつて俺はアイドニア王国の王太子だった。

 そう、かつては……。


 今世で俺は犬に生まれ変わり、虐待を受けている。毎日の様に繰り返される暴力。ここから逃げ出そうと思ったこともあった。しかし俺はそれをしなかった。これはきっと神が与えた俺に対する罰なのだろう。前世で俺が繰り返した虐殺に対する罰。

 かつて俺は民を殺戮し、愛する人の両親をも殺した。それは前世、王太子時代の父であるファルガルの命令だったのだが、それに逆らうことをしなかった。

 俺はどうしてあの時、王を止めようとしなかったのだろう。狂い始めた父を……。


 父ファルガルが狂い始めたのは俺が10歳になり、すぐのことだ。体が弱く床に臥せることの多かった王妃である母が亡くなり、王は変わってしまった。俺は父をお父様と呼んでいたが、変わり始めた父をあえて王と呼ぶようになっていた。

 母が亡くなり一年すると、王は母を生き返らせると魔術師を呼び寄せた。何をバカなことをと鼻で笑っていた周りの重臣たちも、少しずつ魔術のとりことなっていく。魔術師がやって来て10年も経てば、全ては魔術によって決められており、魔術師に逆らう者はいなくなっていた。魔術師はそれを良いことに、国の政務にまで口を出すようになっていった。

 俺の心はどんどん荒んでいき『この国はきっと滅ぶだろうな。それでもいいか』と他人事のように思う日々が続いていた。そんなある日、聖女の噂が城内で囁かれるようになる。どんな傷も心をも癒すという聖女。俺はこの聖女に逢いたいと思いを巡らせた。この人なら俺をこの地獄のような日々から救ってくれるかもしれない……そんなことを考えていた。