わたしは目を見開いて彼女に向かって話し続けた。
「ねぇ、娘さん、ほんとにあなたを嫌いだったと思います?」
反応は、ない。
「わたし、あの映像を何度も見たんです。あなたは押された感じしました?」
その言葉で女性の顔つきが変わった。
「わたしには手を伸ばして掴もうとしているように見えましたけど」
「映像って? 防犯カメラにあのときのことが映ってたの?」
「はい、昨日のニュースで流れてました。あれは後ろから押したんじゃない!」
強い口調で言ったあと、
「きっと、さっきみたいに抑えようと助けようとしたんじゃないんですか?」
そう付けくわえた。
「わたしを助ける? あの子が?」
「はい、わたしも人形が落ちてなかったら飛び降りたか自信はないですが……」
わたしが話を続けている間に、女性の姿がうっすらと透けていくように見えた。
「わたしね、あのとき頭がクラッとしたの。立ちくらみってやつね」
じっと、女性の言葉に耳を傾ける。
「それですぐに娘を探したけど、人が多くて見つからなかったの」
「そうだったんですね」
「ケンカばかりだったし、嫌われてると思ってた。見捨てられても当然だって」
と言ったあと、しばらく間を置いて、
「あの子、近くにいてくれたんだ」
女性はやさしい声でささやいた。
ふう、と大きく息をはいたあと、
「最近はわたしと一緒にいるのが嫌で別の車両に乗ってたのに、不思議なものね」
いや、ぜんぜん不思議でもなんでもないよ。
わたしにはその理由がわかった。
きっとお母さんの体調が悪いことに気付いてた、ただそれだけのこと。
「親娘ケンカなんてどこでもありますって。でも、見捨てたりはしませんから」
「嘘でもそういってくれると嬉しいものね」
わたしは大きく首を振る。
「あなたは娘さんの小さい頃を思い出しながらいつも大切に人形を抱いていた」
女性は小さく頷く。
「娘さんもきっとあのとき、あなたを抱きあげて助けたかったんだと思います」
「ふふ、あの子にわたしを抱き上げられたかしら」
景色に透き通って見える彼女は微笑んでいた。母親としての優しい笑み。
その顔に光が反射して、キラキラと眩しかった。
「でも、一回くらい逆の立場を味わってみたかったかも」
「これからはしっかりと娘さんを見守ってあげてくださいね」
「あなたも、お母さんを守ってあげてね、さっきみたいにずーーーっとよ」
そう言い残して女性の姿は目の前から消えた。
「ねえ、あんた何ごちゃごちゃ言ってるの?」
それは聞き慣れた母親の声だった。
それなのに、なぜか懐かしい気持ちがした。
「ちょっと足痛いんだから、肩を貸してくれない?」
「ごめんごめん。肩じゃなくてわたしが抱っこしてあげるよ、あの人形みたいに」
「ちょっ、恥ずかしいからやめてって」
母親の照れた顔、初めて見たかも。
「病人は動いたらダメー、はい、お母さん人形の完成だねっ」
「重いとか言ったらご飯抜きだぞー!」
と言って、母親がわたしの身体をギュッと抱きしめる。
(お母さんって、こんなに軽かったんだ)
わたしは母親は強い存在だとずっと思ってた。
でも、実際に触れてみるとぜんぜん違った。
抱き上げた母親の体はか細く弱々しかった。
わたしは弱い。まだ未成年だし周りの目ばっかり気にして、何もできない人間。
でも、母親もあの女性もそんなに強いわけじゃない。
ただ、子供のために強く見せているだけ。
あるいは、子供がいるから強くなれるのかな?
きっとそれはわたしが母親になったらわかることだね。
だから、それまで、
わたしも、もっと頑張らないと、強くならないとダメだ。
これからもずっとお母さんを守っていく。
「お母さん、ありがとう」
ふたりの母親に向かってそう呟いた。
「ねぇ、娘さん、ほんとにあなたを嫌いだったと思います?」
反応は、ない。
「わたし、あの映像を何度も見たんです。あなたは押された感じしました?」
その言葉で女性の顔つきが変わった。
「わたしには手を伸ばして掴もうとしているように見えましたけど」
「映像って? 防犯カメラにあのときのことが映ってたの?」
「はい、昨日のニュースで流れてました。あれは後ろから押したんじゃない!」
強い口調で言ったあと、
「きっと、さっきみたいに抑えようと助けようとしたんじゃないんですか?」
そう付けくわえた。
「わたしを助ける? あの子が?」
「はい、わたしも人形が落ちてなかったら飛び降りたか自信はないですが……」
わたしが話を続けている間に、女性の姿がうっすらと透けていくように見えた。
「わたしね、あのとき頭がクラッとしたの。立ちくらみってやつね」
じっと、女性の言葉に耳を傾ける。
「それですぐに娘を探したけど、人が多くて見つからなかったの」
「そうだったんですね」
「ケンカばかりだったし、嫌われてると思ってた。見捨てられても当然だって」
と言ったあと、しばらく間を置いて、
「あの子、近くにいてくれたんだ」
女性はやさしい声でささやいた。
ふう、と大きく息をはいたあと、
「最近はわたしと一緒にいるのが嫌で別の車両に乗ってたのに、不思議なものね」
いや、ぜんぜん不思議でもなんでもないよ。
わたしにはその理由がわかった。
きっとお母さんの体調が悪いことに気付いてた、ただそれだけのこと。
「親娘ケンカなんてどこでもありますって。でも、見捨てたりはしませんから」
「嘘でもそういってくれると嬉しいものね」
わたしは大きく首を振る。
「あなたは娘さんの小さい頃を思い出しながらいつも大切に人形を抱いていた」
女性は小さく頷く。
「娘さんもきっとあのとき、あなたを抱きあげて助けたかったんだと思います」
「ふふ、あの子にわたしを抱き上げられたかしら」
景色に透き通って見える彼女は微笑んでいた。母親としての優しい笑み。
その顔に光が反射して、キラキラと眩しかった。
「でも、一回くらい逆の立場を味わってみたかったかも」
「これからはしっかりと娘さんを見守ってあげてくださいね」
「あなたも、お母さんを守ってあげてね、さっきみたいにずーーーっとよ」
そう言い残して女性の姿は目の前から消えた。
「ねえ、あんた何ごちゃごちゃ言ってるの?」
それは聞き慣れた母親の声だった。
それなのに、なぜか懐かしい気持ちがした。
「ちょっと足痛いんだから、肩を貸してくれない?」
「ごめんごめん。肩じゃなくてわたしが抱っこしてあげるよ、あの人形みたいに」
「ちょっ、恥ずかしいからやめてって」
母親の照れた顔、初めて見たかも。
「病人は動いたらダメー、はい、お母さん人形の完成だねっ」
「重いとか言ったらご飯抜きだぞー!」
と言って、母親がわたしの身体をギュッと抱きしめる。
(お母さんって、こんなに軽かったんだ)
わたしは母親は強い存在だとずっと思ってた。
でも、実際に触れてみるとぜんぜん違った。
抱き上げた母親の体はか細く弱々しかった。
わたしは弱い。まだ未成年だし周りの目ばっかり気にして、何もできない人間。
でも、母親もあの女性もそんなに強いわけじゃない。
ただ、子供のために強く見せているだけ。
あるいは、子供がいるから強くなれるのかな?
きっとそれはわたしが母親になったらわかることだね。
だから、それまで、
わたしも、もっと頑張らないと、強くならないとダメだ。
これからもずっとお母さんを守っていく。
「お母さん、ありがとう」
ふたりの母親に向かってそう呟いた。