辺りはすっかり暗くなった夜9時半、私たち夜間部の授業が終了した。

年齢も境遇もバラバラな私たちは、それぞれ教科書をしまい、帰り支度をする。中学の時のような同い年の同級生ではない私たちは、同じクラスでも群れることはなく、片付けが終わった人から、勝手に帰っていく。

ところが、その日、たまたま日直の私が、最後に1人で残って黒板を消していると、教室の後ろの戸が、ゆっくりガラ…ガラ…ガラ…と開いていく。

何!?

もう慣れたとはいえ、夜の学校は独特の雰囲気がある。

それが、人であろうとなかろうと、私の胸に去来するのは、恐怖でしかない。

私が黒板消しを握りしめたまま、動けずにいると、制服姿の男子が顔を覗かせた。

1人で立ち尽くす私を見て、彼は伺うように尋ねる。

「もう、授業、終わった?」

ほっ……
なんだ、昼間部の生徒か……

私は、無言でコクンとうなずいた。

彼は、教室に入ってきて、私の荷物が置きっぱなしになってる席の隣の席に手を入れた。

「あった、あった!」

彼が手にしてるのは、数学の問題集。

「明日までの宿題なのに、塾でやろうとしたらなくてさ」

彼は爽やかに笑う。

そして、用が済んだら、すぐに帰ると思ったのに、彼は問題集をリュックに詰め込むと、そのままこちらに視線を向けた。

「ねぇ、君、こんな時間に1人で帰るの?」

確かに、中学生の頃なら、絶対こんな時間に1人で出歩いたりしなかった。

でも……

「うん、もう慣れたから」

私は黒板消しを置いて、粉に塗れた手をパンパンと払う。

「ふーん。
 家はどの辺?」

えっと……

同じ高校の生徒だもん。これ、教えても大丈夫だよね?


私は、昼間は家の近所の定食屋で働いている。

そこの女将さんが最初に教えてくれた。

お客さんに何を聞かれても、家や連絡先は教えちゃダメよって。

店に通い詰めるだけなら、女将さんや店長があしらってあげられるけど、外でつきまとわれたら、守ってあげられないからって。


でも、私が普通に昼間部に通ってて、彼に家を聞かれたら、何も考えずに答えてたはず。

「北消防署の近くですけど」

私が答えると、彼はにっこりと笑みを浮かべた。