あれから数日が経つが、涼も匠も特に変わった様子もなく、あの夜のことは夢だったのではないかと思うほどだった。

午後の会議が終わり一人で片付けをしていると会議室のドアが開いた。

「一条さん一人で片付けをしてくれてたんですか?」

以前と何も変わらない、かわいい笑顔で涼が会議室に入ってきた。

「え……ええ」

残っていた資料をまとめると、涼から目を逸らし俯いた。

明らかに動揺しソワソワしている玲奈の姿を見て、涼はくすりと笑う。

「玲奈どうしたの?」

涼が近づいて来る気配に、玲奈は一歩ずつ後ろへと下がった。

ひーー。

呼び捨てにしないでーー。

何なの、いつもの可愛い山口くんは何処に行ったの?

涼は獲物を捕らえる前の肉食獣の様に一歩ずつ距離を詰め、玲奈は危機感をおぼえる。

「えっと……山口くん……何?」

玲奈が下がった後ろには机があり、これ以上は後ろに行けなくなってしまった。

目の前までやって来た涼は更に一歩前へ踏み出した。これ以上涼に近づきたくない玲奈は必然的に体を後ろへ逸らすと机の上に腰を下ろす形となった。

「玲奈……。くすっ……顔真っ赤」

涼は玲奈の座っている机の上に玲奈を囲むように両手をついた。

「かっ……からかわないで!!それに玲奈って名前で呼ぶのやめて」

「どうして?」

首をかしげる涼。

どうしてって……。

首こてんって!!何その可愛い仕草。

そこら辺の女の子より可愛い顔して。

「……っ」

顔を更に赤く染めていく玲奈の顔を見つめていた涼の瞳がキラリと揺らめいた。

「やばい……。我慢できない」

そう言うと涼の顔がゆっくりと近づいてきた。

やっ……。

まっ……待って!!

口が塞がれる寸前で、涼のポケットに入っていたスマホの着信音が、会議室に鳴り響いた。ハッと我に返った涼の動きがピタリと止まり、顔を左右に振った。

「……っ。ごめん。今日六時三十分に、この間の公園で待ってます」

涼はそう言うと会議室から出て行った。

あれから仕事に集中しようとしても全く集中できず、ボーッとしている間に就業時間になってしまった。

公園に行かないとダメかしら?

憂鬱な気分のまま、公園に向かって歩き出す玲奈。

レジデンスの公園とオフィスビルは目と鼻の先のため、すぐに着いてしまう。


ゆっくり歩いていたのに、もう公園に着いちゃった……。

はぁーー。

ため息をついた時、ガコンッとバスケットボールがゴールに入る音がしてきた。

はっと目を向けると、きれいなフォームでシュートを決めていく涼の姿があった。

やっぱりきれい。

ほうっと息を吐き見つめていると、涼と目が合った。涼は持っていたボールをギュッと握りしめると玲奈の元へとやって来た。

うわっーー。

こっちに来ちゃうーー。

玲奈はどうしたらよいか分からず目をさまよわせた。

すると「ごめんなさい」涼が勢いよく頭を下げてきた。いきなりの謝罪に驚愕していると、不安そうな瞳が玲奈を見つめる。

「あんなことするつもりじゃなかったんです。でも……気持ちを抑えられなくて……。俺……、玲奈のこと本気で好きになっちゃったんだ。俺と付き合っ……」



涼からのまさかの告白。

その時、後ろから近づいてくる人物がいた。その人物は涼と玲奈の間に割り込むと話をさえぎった。

「その話、そこまでにしてもらえますか?」

「えっ……加藤?」

何時にない低い加藤の声に肩をビクリと揺らした玲奈。加藤は氷のように冷たい眼差しで涼をにらみつけ、玲奈の腕をつかむとその場から立ち去った。

涼は突然現れた加藤にただ唖然とし、連れ去られる玲奈を見ていることしかできなかった。