咲花を傷つけてしまった。
俺の前から逃げるように去っていく咲花の顔が忘れられない。

間が悪かったとはいえ、確かに俺は黙っていたのだ。元婚約者を探していたことを。
しかし、それは咲花の考えるような理由じゃない。飽くまで相手方への責任の範囲だ。美里本人に理由があったとしても、婚約者に失踪されたというのは俺の不徳の致すところ。その親御に誠意を示すためにも美里の捜索はすべきだと思っている。陸斗の顧問弁護士を通じて私立探偵を雇っている。
それに、美里とは正式に婚約を解消しないと、咲花に対して失礼だと思っている。やり直したいとは思っていない。

こういった説明をしたかったのだが、咲花は悲しい顔をして帰ってしまった。
あんな顔はさせたくなかった。せっかく俺を信頼して、俺と歩むつもりでいてくれる咲花に。
咲花には笑っていてほしい。幼い頃から自慢の妹だったのだ。可愛い咲花を悲しませ笑顔を曇らせたのが、他でもない自分であることに情けなさを感じた。

「咲花!」

その日はなるべく早く帰宅した。すると、食卓には食事が用意されてあるだけ。咲花はいない。テーブルにメモが残されている。

【実家に行ってきます。遅くなります】

これは妻が実家に帰ったというヤツだろうか。いや、まだ妻じゃないんだが。
くどくどと連絡はせずにせっかく用意してくれた夕食を食べ、咲花の帰宅を待つ。しかし、咲花はなかなか帰ってこない。だんだん俺は焦れてきた。
俺が眠った頃合いを見計らって帰るつもりだろうか。俺はどうしても今日話しておきたい。咲花に誤解されていたくない。