「おはよ、凛花」


「おはよう、ございます」


「さ、行くぞ」


「あ、あの、その車で行くの?」


「そうだけど?」


「さ、さすがに、ちょっと……」


遥先輩の背後で
ぴかぴかと光っている黒塗りの車に、
おそるおそる視線を向ける。


「あ、あの、やっぱり、私は電車で……」


「は? ダメに決まってんだろ。ほら行くぞ」


半ば強制的に黒塗りの車に乗せられて、
正門脇で車が止まる。


学校にこんな車寄せ用のスペースがあったなんて。


そっか、花組と草組は登校手段も違うんだ。


なんだか複雑な気分で車から降りて、
正門に向かったところで。


「きゃーッ!!」


耳をつんざくような悲鳴が響いて、
びくりと飛びあがる。


も、もしかして、この悲鳴は……。


「神楽坂くーんっ!」


「ハルカセンパーイ!」


「HARUKA~!」


校舎のあちらこちらから
湧きあがる歓声に唖然。


「凛花、遅刻するぞ」


「こ、これは、一緒に行くのは、さすがに……」


「は? 
なにわけのわからないこと言ってんだよ。
それとも、俺のキスがないと動けない? 
電池切れちゃった?」


「ほ、本当にやめて! 
こ、こんなところで遥先輩とキスするなんて、
死に値するから。

社会的な死じゃなくて、物理的な死。
リアルに処刑される」


「大げさだな、凛花は」


「うん、これ、全く大げさな話じゃないから」


遥先輩は、ことの大きさを全くわかってない。


「じゃ、せめて手、つないで登校したい」


駄々っ子ですか?


それに、その上目遣いも反則。


そんな甘えた顔してもダメですから!


「これだけ注目されてるなか、
遥先輩と手つないで登校したら、

私の高校生活は秒で終了するから、
ホント勘弁してください……」


「じゃ、屋上でなら
押し倒してもいいってこと?」


「まあ、うん、屋上だったら……って、
ダメに決まってるでしょ!」


そんな空っぽな会話をしながら、
下駄箱までたどりついた。


教室に入ると、亜由と奈央がメイク道具を
放り出して駆けてくる。


「ちょっと凛花‼
遥先輩と一緒に車で登校って‼
どうなってるの⁈」


「昨日も一緒に帰ってたし!」


そうだった、亜由と奈央に
なにも説明してなかった‼ 


「も、もしかして、遥先輩と、
つきあうことになったの⁈」


「え、つき? 私が……?
あ、いや遥先輩と?」


で、でも、
そうだよね、誤解されるよね。


こ、これは、
遥先輩と契約してしまった以上は、
『つきあってる』っていうべき?


で、でもそんなこと言ったら
学校中、大騒ぎになる予感しかしない。


それに、亜由と奈央のふたりには
「カレシなんかじゃないっ!」って、

本当のこと、
言っちゃってもいいんじゃないかな?

あれ?

でも、そうしたら鈴之助のことも
話さなくちゃいけなくなる?


もし、鈴之助のことが知られたら
これまで大切にしてきた
静かで穏やかな学校生活も
スムーズにはいかなくなる?


わがままかもしれないけど、
こんな私とも仲良くしてくれて、

私が間違ってるときには、
ちゃんと怒ってくれる、

そんな大切な友達はほかにいない。

だから、嘘なんてつきたくない。

でも、鈴之助のことを考えると……

くっ、脳みそが足りなくて
本当に嫌になる。


すると、
ふたりが青ざめた顔で
視線を泳がせる。