「神楽坂先輩の引退、残念すぎるよー」



「未練なくスパッとやめちゃうところもカッコいいけど、やっぱりモデル続けてほしかった!」



「HARUKAの活躍はこれからだったのに! もったいないよー」



……うん、私も本当にそう思う。



廊下から聞こえてくる会話に、心のなかで盛大に相槌を打つ。



遥先輩は飄々としているけど、HARUKAの突然の引退宣言に、事務所にはいまだオファーが殺到していると鈴之助が言っていた。



モデルをやめてまで、そばにいてくれようとする遥先輩の気持ちに応えるには、どうしたらいいんだろう。



そんなことを考えながら教室にもどると、私の椅子に先客がいる。



「凛花、おかえり」



「遥先輩は、いったいそこでなにを?」



「イス、あたためておいた」



「……ありがとう、ございます」



って言うべき?



「さて、俺がご褒美にもらえるのは、濃厚なハグ? それとも目を覆いたくなるよな深いキス?」



「……」



これ、遥先輩が国宝級に端正な顔立ちをしてるから許されるだけで、そうじゃなかったら、確実にヤバイひとなのでは?



そんなひとを好きになっちゃった私もどうかと思うけれど……



「ここ、座んなくていいの?」



ポンポンと自分の膝をたたく遥先輩から距離をとる。



このひとの特殊な愛情表現に、どうやって応えていけばいいんだろう?



なにより、遥先輩の蛮行にクラスのみんなが慣れつつあることが一番恐ろしい。



「つうかさ、俺も色々反省してて」



「え!」



やっと、気づいた?



おのれの傍若無人ぶりに!



「俺と一緒にいるようになって、凛花、目立つようになっただろ。それって、よくないよな。変な男に目つけられるかもしれないしさ」



「うん、うん。目立っていいことなんて、ひとつもないから!」



「だからさ、結婚しちゃえばいいかなと思って」



「……は?」



また、突拍子もないことを。