ルワンド王国は、四方を海に囲まれた島国だ。

 土壌が悪く、資源も特産品もなかったため、数十年前までは貧しい国だった。
 ここ最近豊かになってきたのは、世界でも貴重な鉱石である魔法石が発掘されたためだ。
 貿易が活発になり、いままで庶民が手に入れられなかった、珍しいものもだんだんと市場に並ぶようになった。

 そう、例えば、甘くて白い『あれ』とか――。

 * * *

 白くてさらさらした、初めて見る粉。それを興味本位でひとすくい舐めたとき、脳天に衝撃が走った。
 口の中に、甘さがダイレクトに伝わっていく。

 それとともに、生まれてから十六年の人生で経験したことのない、誰かの人生が走馬灯のように流れこんでくる。少しほろ苦くて、でも懐かしいその人生。
 膨大な量の記憶に眩暈と頭痛を起こしながらも、私はこれがただの白昼夢ではないことを本能的に理解していた。

 城下町の外れ、労働者階級が多く住む煉瓦作りの集合住宅。その質素なキッチンで、私――エリーゼ・ホワイトは前世の記憶を取り戻した。
 砂糖を乗せたスプーンを口につっこんだままという、まぬけな体勢で。

 まだぼんやりする頭で、考える。今私の中には、日本人女性だった前世と、エリーゼというふたりぶんの記憶が入っているわけだけど、不思議なことにあまり混乱はしていなかた。
 前世も今も、ブラウンの髪と目の平凡な容姿で、性格も近いからかもしれない。世話好きで真面目なところは前世から変わっていないようだ。施設で小さい子どもたちの面倒を見ていたし、今は長女で下に歳の離れた弟妹がいる。

 二十代半ばで、彼氏もいないまま亡くなった前世の私を想うと複雑な気持ちになるけれど、それよりも重大なことに気付いてしまった。

 ――私、この世界に生まれ変わってから、甘いお菓子を食べていない!

 なんということだろう。スイーツが好きすぎて、亡くなる直前までお菓子作りをしていたこの私が、この十六年間、甘いものに見ても触れてもいないのだ。

 その理由は考えなくてもわかる。この国では砂糖が稀少品だったから、スイーツの文化が広がらなかったんだ。貧しかった時代は、食べていくだけで精一杯で、嗜好品にかまけている余裕もなかっただろうし。

 私だって砂糖を手にしても、直接なめてはいけないなんて考えもせず、興味本位で口にしてしまったのだから。

 でも、そのことに感謝しなければ。おかげで前世の記憶を思い出せたのだから。

 前世の記憶がなければ、砂糖をどう調理したらいいかもわからず、徐々に広まっていくスイーツの発展を指をくわえて見ているだけだっただろう。ふわふわスポンジのショートケーキが食べられる頃には、おばあちゃんになっているかもしれない。

 ああ、今すぐスイーツが食べたい……! それも、フルーツとクリームがたっぷりの、こってこてのスイーツが!