アルトさんとの待ち合わせ場所に行くと、彼はすでに来ていた。

 今までは余裕がなくて気付かなかったけれど、美形すぎる人間が下町に立っているのに、誰も彼に気を留めた様子がない。
 そこに人なんていないかのように、通りがかる人たちもスルーしていく。

 なにかが、おかしい。その奇妙な違和感が胸をつかえさせていて、彼に声をかけることができない。

「お、来たか」

 もじもじしながら見つめていた私を、アルトさんが振り返る。金色の髪は陽に透けてきらきらして、青い瞳は秋晴れの空と同じ色だった。

「まぶしい……」

 顎でリボン結びをするタイプの帽子を、深くかぶり直す。
 アルトさんは今日もロイヤルブルーのフロックコートを着ていて、くたびれたエプロンドレスで隣に並ぶのは少し恥ずかしかった。

「じゃあ、行くか。少し遠いから、辻馬車を拾うぞ」
「え、馬車?」

 大通りに向かいながら彼が告げた言葉に、身体をこわばらせた。
 顔もひきつっていたのだろう、彼も私の様子に気が付いた。

「まさか、乗ったことがないのか?」
「は、はい……。ほとんど街から出ませんし」
「へえ、面白いな。じゃあ今日はよかったじゃないか、いい経験になって」

 前世で小学生だったとき、遠足で牧場に行って乗馬体験をした。そのときの恐怖が残っていて、馬に乗るのは怖いのだ。

 いやでも、乗馬じゃないし、馬車だし。自動車よりは揺れるかもしれないけれど、みんなが乗っているくらいだから、きっと乗り心地もまあまあなのかも。

「馬車、見つかった。乗るぞ」
「は、はい」

 ――なんて、そんな考えは甘かった。

「うっぷ……」
「おーい、大丈夫かー?」

 道端に座り込む私の頭上から、アルトさんの呑気な声が降ってくる。
 まったく大丈夫ではない。初めての馬車は、思ったよりもハードな乗り心地だった。

「気持ち悪い……。お尻が痛い……」

 椅子は硬いし、石畳の道のせいか、ものすごく揺れた。アルトさんは涼しい顔で座っていたけれど、がったんごっとん揺れるたびに私は吐き気をこらえていた。
 やっと降りられたと思ったら、このありさまだ。

「立てるか? 目的地はすぐそこだぞ」
「そういえば、ここってどのへん……」

 ふらふらと起き上がってまわりを見渡す。すると、いつも遠くから見ていた巨大な建物が目の前にあって、言葉を失う。
 下町からも見えるくらいの高い尖塔、芝生の敷かれた広大な庭と、それをぐるりと囲む堅牢な門。

「こ、これってお城じゃないですか!!」

 お城の門の真ん前に、私たちは降ろされていた。