川奈さんのことは悪い人じゃないと思ってるし、人として好きか嫌いかに分けたら「嫌い」とは言えないから「好き」……になるのかな。
でも、恋愛の意味では、ほらこれ、ここにこぼれたスティックシュガーのひと粒ほどの気持ちもないから、だから絶対勘違いしないで聞いてね。
……と前置きしたら、川奈さんは、

「わかってるよ。そんなに釘刺さないでよ」

と尖らせた口にカップを運んだ。
その顔に、

「一日でいいから彼氏になってくれない?」

と言った。

「うわ熱っっつ!! げほげほげほげほ!!」

むせた上に熱々のコーヒーを手にこぼして、川奈さんは咳き込みながら紙おしぼりで拭く。

駅前ベーカリーはカフェも併設されていて、パンやドーナツのイートインができる。
そろそろ夕食という日暮れ時。
店内はそこそこ賑わっていて、仕事帰りの女性やふたりの子どもを連れたお母さんの視線が、一瞬私たちに向けられた。

「ご、ごめん……大丈夫?」

私にできる最善のことを探した結果、彼の背中をバシバシ叩きながら、飛び散ったコーヒーを紙ナプキンで拭いた。
コーヒーはテーブルと川奈さんの手だけを汚したようで、それなら被害はゼロと言っていい。

手を洗うためイートインコーナーの隅にある水道に向かった川奈さんに、加害者である私も形ばかり付き添った。

「さっき“彼氏”って言った?」

流水に右手をさらして、二段階くらい老けた顔で川奈さんが言う。

「言った」

「“彼氏”って期間を限定するものになったの? 全国的に?」

「いや、今から説明するね」