そんなこんなで同居生活が始まった。

亜由美には約束通り報告を済ませてある。

圭太に聞いていたとおり、副社長は多忙で看病してもらった日以来、家の中で顔を合わせる機会はほとんどなかった。

私が眠りについてから帰宅している日も多く、あの日から一週間ほど経った今もきちんと話ができていない。

看病のお礼はなんとか伝えたけれど、同居する上での約束事項、恋人役としてなにをすればよいのか、今後家賃をどうするのか、といった具体的な内容さえ決まっていない。

とはいえ、せめて自ら条件に挙げた家事はしようと掃除などをしているが、自身の部屋はしなくてよいと言われている。

洗濯物もほとんどクリーニングに出しているのか少なく、食事については必要な時は声をかけると言われたけれど、いまだに言われていない。

私はお粥を作ってもらったというのにこれでは申し訳ない気がする。

結局ひとりで暮らしていた頃とほぼ変わらないような毎日を送っている。


副社長には是川(これかわ)さんという三十代後半の細身の有能な男性秘書がついている。

切れ長の目に銀縁眼鏡姿は一見冷酷そうに見えるが、とても穏やかな気性の人だ。

九重株式会社秘書課の室長だと先日正式に紹介された。

是川さんは副社長と違い、なぜか私の性別を知っていたようでまったく驚かれなかった。

『秘書課と人事課では皆、岩瀬さんが女性だと最初から認識しています』と訝しむ副社長にあっさり返答していた。


……わかっていたなら最初から教えてくれたらいいのに、なにがどうなってこんな事態になっているのだろう。


同じ考えなのか、傍らに立つ彼も苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。

是川さんはとても親切に優しく接してくれる。

二重人格を疑うような誰かさんとは大違いで驚くほどだ。