ここは、…保健室?


1人、目を覚ます。
5月の明るい日差しが、白いカーテンの隙間から、少しだけベッドにこぼれ落ちている。





瑠衣は1人で、寝ていたようだ。





後頭部が、ズキズキと痛む。
何があったか、まるで覚えていない。
頭が、ボーっとしている。





保健室のドアが、ガラガラと開く音がした。





「大丈夫?佐伯」






カーテンの外から、声が聞こえる。





誰の声?






「開けていい?」





カーテンの事を、言っているのだろうか?





「はい」






カーテンが開くと、滝君が中に入ってきた。


少しだけ日に焼けた肌。
人懐っこそうな、黒くて大きな瞳。
無造作で、ウエーブがかったナチュラルヘア。
部活練習用のテニスウェアを、彼は着ていた。



いつもの滝君だ。




彼は瑠衣のベッドに座り、すぐ近くに寄って心配そうにこちらを見つめた。

瑠衣は、ベッドの上で起き上がった。




「上から、何かが落ちてきたんだ」





「…?」




「それが頭に当たって、気を失ってたんだよ、佐伯」





さらに近づいてきた滝君は、正面から真っ直ぐに瑠衣を見つめている。



そのまま、彼は瑠衣の後頭部に手を伸ばし、ゆっくりと触れた。




「…」




テニスボール1つ分だけしか無い距離。




目と目が合ったまま、彼は瑠衣の髪を優しく何度も、何度も、撫でている。



くすぐったい。





でも、






気持ちいい。






彼は囁く。
潤んだ瞳で。





「痛い…?」






瑠衣は、首を横に振った。





この状況は、一体何?






そのままの体勢で、滝君はまだ瑠衣だけを、熱い瞳で見つめ続けている。





滝君…?






どうしたの…?





あれ、





声が出ない。















彼は、そのまま瑠衣に、
ゆっくりとキスをした。












何度も、








何度も、








何度も。











そして。












だんだん角度を変えて、
どんどんキスは深くなっていく。












「…!!」












滝君?!











声が出ない!!!









体が、動かない!!!!









滝君は瑠衣の耳元から、首筋、鎖骨まで、静かにゆっくりと指を這わせた。








…!!










そして彼は瑠衣の首筋に自分の唇を押し当て、










そのままゆっくりと、首から下の方へと、なぞっていく。











「…!!!」






………。




………。




………。












っっっっ!!!!!









瑠衣は自分の部屋のベッドから、
思いっきり飛び起きた。







今の、夢?!!!!!







だよね、





ホッ、


とした。







………。






何て夢だ!!!!!








瑠衣は恥ずかしさと罪悪感のあまり、自分のお姫様風ベッドの白いパイプ部分に、




ガン!


ガン!


ガン!







と、頭を何度もぶつけ続けた。







すると、バタン!と、部屋のドアが開き、



「ウルサイ!!!お姉!!!」



と、理衣が部屋に怒鳴り込んできた。








「………どうしたの」

理衣は、あまりにも瑠衣の様子がおかしかったため、心配になって尋ねてきた。


「恥ずかしくて、言えないよ……」



理衣は、大きく溜息をついた。



「いつもの、変態の、変態による、変態のための夢?」


何も、そこまで変態扱いしないで欲しいが、今はこの理衣の罵倒がいっそ心地良い。


「…またアイドル歌手が、夢に出てきた?」



そんなにカワイイ夢じゃない。



瑠衣は、枕に顔をうずめながら、首を激しく横に振った。



「…もう今日、学校行きたく無い」


理衣はそれを聞いて呆れた。


…お姉が学校行かないなんて、
雹でも降るんじゃないだろうか。



「行かなきゃ単位取れない学校でしょ?」


瑠衣は結局、母と理衣による渾身の説得によって、マスクをしながらしぶしぶ登校する事となった。



玄関から一歩外に出ると、

トオヤが、瑠衣を家の前まで迎えに来ていた。