着替えるように言われて渡された藤色のワンピースをぼうっと眺めていた。体が動かなかった。リビングになかなか戻らないのを心配してだろう、扉の外から北寺《きたでら》の足音が近づいてくる。律歌《りつか》は寝室の中央に立ち尽したまま、その足音を聞いていた。

 コンコン、と小さくノックされる。

「おーい、りっか、大丈夫?」

 扉越しの呼びかけに、律歌は小さく口を開き返答しようとして、また閉じた。律歌が答えないでいると、

「ええと、着替えは終わった? 何か……困ってる?」

 ぎこちなく困惑気味の、こわごわとした、優しい声が再び。

 沈黙。

 薄い板で一枚隔てただけで、そのドアには鍵もない。着替えているはずの異性からは、返答がない。そんな状況。沈黙の中に、北寺の吐息が細く聞こえた。それはため息ではなかった。惚けているわけでもない。こちらの様子を窺うために、じっと小さく息を潜めている。入るべきなのか、待つべきなのか……おそらく逡巡しながら、でも絶対に間違えないように、考えを巡らしている息遣い。今の律歌には、口を動かすこともできなかった。そのまま立ち尽くす以外になかった。