彼のほうが先に店に到着するのも、待ち人が到着するまでの間、学術書に目を落としているのも、いつものことだった。

彼の手元に半分だけ残る品のいい紅茶からは熱も香りも失われている、それもいつものこと。


いつも、とは言っても、さほど長い付き合いではない。


彼を知ったのは冬に入ってからで、言葉を交わしたのはほんの数度。

共通の話題は多くなく、もともとお互いに口数が少ないせいもあって、共通の友人たちがにぎやかにやる横でただ笑っているような、そんな彼とわたしだ。


「待たせたみたいだね」


彼の隣、カウンター席の壁から二番目の椅子に掛けると、彼は本を閉じて微笑んだ。

彼は、学生らしからぬ大人びた笑い方をする。


「客観的に見たら、ぼくは長らく待ちぼうけを食わされるかわいそうな男なんでしょうが、その実、勝手に早く来ただけの変人です。
時間に縛られるのが苦手だから、何時間も前から待ち合わせ場所に居着いておく習性があるんですよ」

「わたしもほかに予定がないときは、同じことをする」

「初めて会ったとき、そう言ってましたよね。だから、ここで待ってても気を遣わせないと判断したんですが、合ってます?」


わたしはうなずく。


「独りの時間や沈黙の時間を嫌わない人が相手だと、わたしも気が楽だ。ああ、珈琲をブラックで」


カウンター越しに置かれたお冷と引き換えに、色気もそっけもない注文をする。

彼が少し笑って、わたしよりも長く伸ばした髪をしなやかに揺らした。


「ですます調をやめたら男っぽい言葉遣いになるって、本当なんですね」

「家族としゃべるときは、これに方言が加わるから、もっとひどいよ」