ケータイ小説 野いちご

俺を護るとは上出来だ~新米女性刑事×ベテラン部下~

新米エリート女刑事
連続女性警官暴行事件

その後のことは、他の皆に任せきりだった。自分は腰は結局ヒビも入っておらず、打ち身だけだったのに、なかなか動けなかった。日頃の運動不足がたたったのかもしれない。

 道場に行けない日は行けないなりにジョギングでもした方がいいのかもしれなかった。

 嵯峨はそのまま警察病院に2週間の入院になったので、一度見舞いに行ったが、顔を見るなり

「来られると迷惑だ」

と厳しく言われたため、すぐに部屋から出た。

 あの場で自分がもう少しうまく出来ていたら、ケガもしなかっただろうし、結局足を引っ張ったも同然で、多少恨みも出たのだろう。

 切り傷は想像以上に深く、18針も縫う大けがだった。

 ケガをした部下を前に、銃を振りかざして何もできないなんて……。

 溜息は深い。

 しかも、嵯峨は手術の翌日の夜には既に調書を提出し終えている。

 それを読むだけの、三咲の作業。

 溜息は、ずっと止まらない。

「三咲警部」

 誘拐事件から10日。デスクワークを目の前に溜息に集中し過ぎて、山本が背後に来たことにも気付
かなかった。

「あ、はい」

 振り返ってその顔を見る。

 いつもと変わらない、優しい顔だ。

「飯でも行くかい? もうみんな帰った後だし」

 時計を見ると既に定時を過ぎている。だけど、外に出る元気もないし、食欲もない。

「すみません。まだ仕事が残ってますので」

 笑顔でそれだけ答える。

「そうかい…。じゃあまた、今度」

 笑顔を絶やさずも、さっと山本は帰ってくれる。

 気を遣わせたな……。あぁいうのは逆に上司の仕事だ。

 またも、溜息が深くなる。

 そのまま1時間以上座っていたが、結局作業は進まず、帰ることにする。

 署から官舎までは歩いて10分。自転車があった方が楽だ。だけど、運動には丁度いいか。

 最近少し肌寒くなり、ふと、病院での嵯峨が頭をかすめた。

 もう一度お見舞いに行きたい。

 でも、行ったって恨みが強くなるだけだろうし…。退院したら、また一緒に仕事をしないといけないし。あと2日で退院だ。あまり事を荒立てない方がいいかもしれない。

 でももう2度と一緒に組みたくないと言われるかもしれない。班替えということが起こるかもしれない。

 それならそれで仕方ないんだけれど、次に班が一緒になった人に重荷に思われるだろうし、そもそも……。

 鍵で自宅のドアをガチャリと開ける。

 誰もいない部屋は、もちろん真っ暗だ。

「ひっ……」

 突然背後から布を口元に充てられたと、同時に、腕で上半身を抱え込まれる。

 恐怖で思い切り息を吸い、布から放たれている消毒液のような匂いを思い切り嗅いで頭がツンと痛くなる。

「ヴわ……」

 今度は素早く布を口の中に放り込まれ、更に口が閉まらないほどタオルも押し込まれる。

 窓のカーテンが少し開いていたせいかおかげか、月明かりで辺りの判別はつく。頭が痛いながらも、前に足を進ませようとすると、そのまま廊下に前倒しにされ、背中側からズボンを思い切り引きずられた。

 わけが分かると同時に抵抗しなければと大きく肩を揺する。

 だが、羽交い絞めにされて身動きが取れない。

 そして痛いほどにズボンのボタンが食い込んだ後、ついにはじけ飛んでしまう。

「ん゛ーーーー!!!」

 そうなれば、隠すものはみな簡単に避けられて、

「ん゛ー………」

 相手が男なのは間違いない。

 ワケの分からない激痛、苦痛。気持ちの悪い興奮した荒い息、腰を痛いほどに掴んでくる指。

 経験したこともない感覚に、身体が追いつかなかった。

「い、いひひひひ……ふっ、ふふふふふ」
 
 不気味なくぐもった笑い声がぼんやり聞こえる。

 身体に力が入らなくなって痺れてくる。

 だがそれも、しばらくすれば痺れがとれてきて、男のリアルだけを追ってしまう。

 そしてそれにも、身体が慣れてしまってくる。

 最悪だ。

 最悪だ。

 徹底的に同じ体勢で身体を揺さぶられ、抵抗することも許されず、三咲は結局朝までそこに身体をあずけるしかなかった。

 意識は途中ではっきりしていたし、身体が離れていった瞬間も、ドアを開けて出て行った瞬間も分かっていたのに。

 身体も思考も心も、ピクリとも動かなかった。

 自分が処女であったことも、何もかも、考えたくなかった。



「すみません!!遅刻しました!!!」

 昼の14時を過ぎてようやく出社した三咲を見た鏡は、一瞬で何かあったと判断した。

「三咲、こっちへ」

「あっ、はい!!」

 全員の視線は2人に注がれ、全員が三咲に何かあったと判断していた。

 会議室に入った鏡は、まだ息を整えきれていない三咲に、椅子に座るよう促し、自分も目の前にゆっくり腰かけた。

「10時と13に電話をしたんだが」

「す、すみません!!じ、13時の時に目が覚めて……その……」

「何があった。随分乱れている」

 それを聞いた途端、三咲の全身が固まった。

 何かあったに違いない。

「み、乱れてなんかいません」

 髪の毛、顔、服。全てがいつもと違い雑に乱れている。飲酒で寝坊程度の話ではない。しかも、言っていることはそのことではなさそうだ。

「何か事件に巻き込まれてないか?」

「…………」

 すぐに返事が返ってこない。

 暴漢に襲われたか……。

「ち、違います!」

「……。先月2件。これは公にはされていないが、女性警察官を狙った性的暴行事件が起こっている」

 肯定するだけの時間の余裕は充分にあった。

「……………それには関係ありません!」

 図星のようだ。

「……帰り道は気をつけた方がいい。誰かと一緒に帰る方がいい」

「違います。私は別に、……その…今日は、すみません、寝坊しただけです。その、色々……考えていて……。

 その……そう!班替えが起こるんじゃないかとか」

「班替え?」

 それを考えていたのも事実なようだ。

「その……私きっと、嵯峨さんに恨まれただろうから…」

「どうして?」

「私がもっとうまくフォローしていたら、刺されなかったと思います。だから……」

「そんなんで恨む人間はここにはいない。逆もしかりだ。その時全力でフォローする。三咲は三咲で死にもの狂いだったはずだ。それ以上のことができない場合の方が多い。

 だから、みんなそうだが、自分で力をつけている」

 今の状態で話をしてもあまり聞き入れはできないだろうが。

「……この前、嵯峨さんに稽古のお相手を申し込んだら、5秒くらいで終わってしまいました」

 やはり雑談に逸れた。

「……よく申し込んだな……」

「あのその、自分が勝てると思ったわけじゃなくて、そういうコミュニケ―ションは必要だと思ったからです!」

 ようやく顔を上げてくれる。

「まあ、それが嵯峨にとって時間の無駄にならなかったんなら構わないよ」

「……」

 すぐに言葉の意味を深くとらえ過ぎるのが三咲の悪い癖だ。

「嵯峨も嫌なら嫌と言うだろう。まあ、それが三咲の嵯峨への取り計らいなら別に構わない」




 会議室で10分ほど話した後、「……あまり言いたくはないが、鏡を見てから部屋に戻れ」と鏡に言われたので仕方なくトイレに行った。

 そうだ、シャワーをしてそのまま出てきたせいで化粧をしてくるのを忘れた。

 持ち運びのメイク道具も持ってきていないし、鏡を見たところで直せるものではない。

 気持ち、顔を叩いて廊下に出る。

 あのことは忘れた方がいい。

 2件起きているのなら同一犯かもしれないが、それは私には関係ない。

 私が我慢すればいいだけの話だし、思い出さなければ我慢にもならない。

 いつも通り、いつも通り……。

「すみません、遅刻しちゃって……」 

 笑いながら、なんとか席に着くことができる。

 大丈夫、パソコンを見ていれば1日が終わる。

 帰りも、背後をよく見ていれば、同じことには…。

「三咲警部、西園の取り調べの件ですが…」

「ああ、後で聞きます」

 目からは涙が溢れそうだ。 

 振り向いたら最後、目を閉じたら最後…。

「俺達だけだよ。いるの」

 ふとその声が耳に入り、驚いて右隣を見た。

「さささ、嵯峨さん!!!」

 叫んだと同時に涙が頬を伝った。

「あ……、その、ち、遅刻して、鏡警視に怒られちゃって……」

 涙が止まらず、溢れてくるので、ハンカチで目元を押さえた。

 このハンカチは1週間くらい前からポケットに入っているやつだ。

 こんなので目を拭いたらばい菌が入るかもしれない。

「昨日一緒に帰れば良かったなあ……」

 後ろから、山本が的を得た物言いをするので、思わず、

「関係ないですから!!!」

 睨んで言い切った。

 涙が溢れてくる。

 そういう目で見ないで。

「相手を見なかったか?」

 嵯峨のその神経が信じられなくて、

「何の話ですか?! 私は全然関係ありませんから!!」

 立ち上がって部屋から出た。

 私は被害者じゃない。

 私は警察には言わない。

 私は全然関係ない!!!

 屋上まで一気に上がって、思い切り泣いた。

 いろんなことがごちゃまぜで全然うまく考えられなかったし、すっきりしなかった。

 しかもみんな事情を察したのか、4時間も帰らなかったのに何の連絡もして来なかった。

 それが一番嫌だった。



 肌寒くなってきたし、家に帰ろうと、一度3係に戻る。

 誰もいてほしくなかったが、そこには、山本だけがいた。

「………帰ります」

「お疲れさん」

 山本はまだ帰らないようだ。

『帰りは誰かと一緒に帰った方が……』

 という一言が頭を過る。

 まだ帰らないんだろうか……。

「さあて、そろそろ帰るかな」

 山本は簡単にパソコンをスリープモードにすると立ち上がり、手ぶらで部屋の外に出た。

 その少し後ろからついて行き、エレベーターに乗り込む。

 その後はロビーを抜け、官舎の方向へ歩く。

 山本は私がついてきていることを知っているだろうが、振り返りもしない。

 さっきのことで配慮しているのがよく分かった。

 10分ほどあるいて、官舎の門をくぐる。その時にはほとんど真後ろくらいを歩いていた。

 官舎の棟はいくつかあるが、手前から身分順になっているので、三咲は真ん中より手前だ。
臨時の山本は一番奥のはずである。

「三咲警部」

 ふいに呼ばれ、顔を上げた。

 山本はいつも通りの顔だ。

「お疲れ様でした」

 立ち止まってくれている。その間に部屋に入れと見守ってくれているのだ。

「あ、は、お、お疲れ様でした!」

 一礼するなり振り返りもせずに走って帰る。

 最後、部屋のドアを開ける時、外をちらと見たが、そこには山本の姿がはっきりと見えた。

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