ガチャン!


男は隣の部屋の玄関が閉まる音で目を覚ました。
曇ったガラス窓からは光が辛うじてジメジメした四畳半の部屋の端に入っている。

ああ、もう朝か。

「んんんん」

口からはみ出したヨダレを吐きながら。
半分体を起こしす。軋む体を伸ばして、
右側に落ちている家用の茶色いメガネをかけた。

昨日の仕事は中々手間取ったな。
帰ってきて着替える暇もなく寝てしまった。
やれやれと首をかきながら、ため息をつく。


ピリリリリリ


ジメジメした部屋を切り裂くように、
軽快な着信音がした。
迷わずに携帯電話を取ろうとする手が
宙で一縷の抵抗を見せた。

だが、今更どうしようもない。
諦めたように男は電話に出る。

「おう」

男は何度目かのため息をついて携帯電話を切った。
携帯電話を閉じると、男はふっと鼻で笑った。

大した世の中だぜ全く。これで10万だとさ。
金持ちの考えなんてわからねーな。

今日は公園か。

昨日の夕方に送られてきたダンボールのガムテープを剥がすと、顔が隠れそうなほどのボサボサの
かつらとボロボロの服、カーネルサンダースの様な曇ったサーモントメガネ、不恰好な黒い靴、
黒い手袋、そして手で握りやすい縄が1束入っていた。

取り出した物をダンボールの中に戻そうと、
もう一度ぼろぼろの服を手に取る。

さっき触った時に気が付かなかった感触に首をかしげる。

ズボンのポケットに何か入っていた。
触った感じ、小さな箱だ。
ポケットから出すとそれがタバコの箱だとわかる。
なんだ、気が利くじゃねーか。
満足したように笑うと男はタバコの箱を開けた。

箱から小さな四角い大量の文字が書かれた紙くずがあふれ出てきて、

「なんだこれ?」

タバコが入っていないことが気に食わなかった男は、青いごみ袋にタバコの箱ごと投げ捨てた。

「よし。そろそろかな」

時間は夕方5時、少し日がかげり始めたころ。
ダンボールの荷物をリュックに詰めた男は、
こぐたびにカラカラ音がする自転車に乗って
現場に移動した。



午後6時過ぎの公園のトイレから、
ボロボロな男が出てきた。

人通りの少ないベンチに腰掛けて景色のように自然に振る舞う。

誰かに害を与えるでもなく長々とベンチを触り続けた。

そして、ボロボロな男は、
午後9時に公園のトイレに消えていった。


次の日の朝、また男の携帯電話が鳴った。

「おう」

電話越しの声はいつもの冷静さを欠いていた。

「あんた、昨日服からタバコの箱出しただろ」
「え。」
「その箱の中見たか?」
「いや」

反射的に嘘をついた。

「ならその箱何処やった」

思いもよらない電話に戸惑いながらも、
男は昨日ゴミ箱に捨てたことを思い出した。

「まさか捨ててないだろうな」
「何なんですか?あれは」

「明日お前の家に取りに行くからな!」

そう言って一方的に切られた電話を握りしめた。

男は急いで、つっかけを足に引っ掛けて、建てつけの悪いドアを開け外に出る。

ゴミ袋をさっき置いたところまでつっかけを引きずりながらも懸命に走った。

しかし、
置いてあったゴミは跡形もなく片付けられ、
綺麗に畳まれたネットが近くに転がっているだけだった。