それは、まだまだ新人の頃。
それなりに同期の人に馴染もうとして声をかけられて飲み会にも行っていた。
最初に仲良くなった他の課の友達が一緒という条件付で。
その子も私と同じようなタイプで、結局参加したのはただの同期の飲み会数回だけだった。

その時にたまたま向かいの席になったことがある。
いつの間にか、気がついたら前の席にいた。


最初の研修の自己紹介で二つ上らしいというのは聞いていた。
大学のときに休学してやりたいことをやっていたと。

顔を見ながらそんな情報を思い出していた。

周りの他の人も興味があったらしくて休学の話題になった。


「二年間も何してたの?」

「最初の二年でやれるだけ効率よくバイトしてお金をためて世界放浪の旅をしてた。」

「世界って本当に色々行ったの?」

「色々行った。現地で大道芸みたいなことしてお金集めもしたし。時々声をかけてくれた人が泊めてもくれたし。」

「危なくない?大丈夫だった?」

「うん、結構鼻が利くようになった。悪巧みのあるやつとゲイは分かるかも。後、美人局も。」

「なんかすごい経験したんだ。よく無事で。」

「本当に数回だよ。大体外人同士でも同じ仲間がいたら、つるんでたりすると便利だし、いろんな情報ももらったりしたし。」

「でも人相が変わりすぎて入国も帰国も大変だった。髭剃り渡されて顔を出せってよく言われた。」

楽しそうにそんな話をするのをぼんやりと見ていた。




そのうちに話題はいろいろと変わり。
恋愛の話になり。
あちこちで盛り上がるなか、そのときに初めて話しかけられた。



少し話をしたあとちょっと近くに顔を寄せられて聞かれた。

「彼氏はいるの?」

あの研修期間のある夜、ふたりで話をした。
暗い静かな夜にちょっとだけ心細かった日々、その日のことは記憶に残っていた。
言葉も、笑顔も、すべての瞬間が。


でも、今、久しぶりに話をして、聞かれた質問の最初がそれだった。
思わず眉間にシワがよった。
もっとオブラートに包めば良いのに。
わざわざ小声で聞くくらいプライベートなことだと思ってるならもっと聞きようがあると思うのに。

がっかりもした。正直すごくがっかりした。


「いません。」

「そうなんだ。」

それでも、それまでの普通の会話の流れとして心を広くして受け止めてあげた。

「でも、なんとなく分かるかな・・・・・。」

ただ、その後、そう続けられた。
どう考えても褒められたとは思えない言葉。逆だ。馬鹿にされた。
ムカついたので、つい言ってしまった。

「そうですか、確かにその気も今はまったくないので。」

「そうなんだ。せっかく男もたくさんいるのに。」

ニヤリと笑って言われた気がした。
なんだか本当に癇に障る言い方で、顔つきで。

「社内恋愛する気はないですから。」

つい、そう言ったのだ。
確かその後は「ふ~ん。」とか鼻で返事されて会話は終った気がする。

席を立ってトイレに逃げたので終ったことは確か。
トイレで鏡に向かって思いっきり睨みつけた。
記憶の中の、あの日の夜に。

水を盛大に流して手を洗ってスッキリした。


あの研修の夜の印象は決して悪くはなかった。
むしろすごく良かった。

いろいろ不安な時だったのもあって。
ちょっとだけ大人だから気遣いが出来たんじゃないかと。
ぼんやりと思い出した時に気がついてそう思っていた。
だから、それまではいい印象しかなかったのに。


勝手にがっかりした。
最初が良かった分、グンと評価が落ちたかもしれない。


やっぱり普通の男だ。
二歳くらいの違いは何でもない。
普通の男。
いっそ普通過ぎるくらい普通。


そう思ってがっかりしたまま、何故か落ち込んだ。
言われたセリフに・・・・。
言ったセリフにも。


席に戻ると話題が社内のゴシップに移って盛り上がっていた。
だから嫌なんだ。
付き合う初めから別れた後まで、本人の知らぬ間にあちこちで酒の肴にされるなんて。


絶対嫌だ。

ただゴシップもなる人とならない人、それなりにネタに価値がある無しはあるわけで。
地味な子がどう頑張って社内恋愛をしたところで、相手によっては結婚しても
気がついてもらえないことがあるかもしれない・・・・。
それが現実だとは思う。
私も確実にそっちに入るほうだし。




ただ、それから何度か声をかけられた。

一人でぼんやり食堂の端で食事を終えたとき、休憩中に外を眺めていたとき。
帰りの電車が遅れて駅で掲示板をぼんやり見上げて、運転再開を待っていたとき。

自分が一人のときに、相手も一人のときに。


「どう、只野さん。いい相手は現れた?」

「ねえ譲さん、気が変わって社内でも探そうという気になった?」

「譲ちゃん、気になる奴いないの?」


なんで構う。そしていつまでもその話題。
いつの間にか呼び方が馴れ馴れしくなった?
それでも言葉なんて返さず。
しょうがない。・・・・一度も自慢げに言えてない。

『おかげさまで、心配は無用です。』

いつかは笑顔で高らかに言いたいのに。



・・・・実際は特に誰もいないから。本当に、まったく、ちらりとも。

だから答える代わりに毎回睨んでやった。
何度か繰り返されて、私も意地になっていた。
その時ばかりは心のつぶやきも毒舌になる。

全力で睨むことも、全力で罵倒することもできるだろう。

最初の印象なんてもう蒸発して消えたくらいにどこにも残ってない感じ。
ひたすら揶揄われてる自分と揶揄う奴。
実際には睨んで、単語で返すくらい。
あんまり会話は成立しないのに・・・・。

それでもしばらく話をするんだから、営業なのに本当に暇な時があるんだろう。