「おはよー」

飛び交う朝の挨拶が、私に向けられてないのは知ってる。教室の廊下側、日の当たらない5列目の机に突っ伏して寝ているフリ。


高校生にしては私の見た目は地味なんだろう。

学校での立ち位置だって、その見た目のまんまで、

部活もバイトもしてない。
彼氏も友達もいない。
将来の夢とか以前に、今やりたいことなんてもっとピンとこない。

今の私にあるのは勉強と、
この名曲だけ。

ドビュッシー、ベルガマスク組曲第3章「月の光」

休み時間イヤホンを耳につける。


目を閉じて、髪を右手で弄りながら聞いていると、ドアが開く音がして先生が教室に入って来た。

反射的に音のする方を向くと、
しっかり先生と目が合ってしまった。

けれど、先生は何も無かったかのように
クラスメイトたちに向かって言った。

「授業始めるぞー!お前ら、用意しろよー」


別に目立ちたいとか、友達が欲しいなんて、
一度も思ったことなんてない。

変わらず無難な生徒として目立たないように学校生活を送る。

ただそれだけ。


だけど、私の密かな楽しみは、
音楽以外にもう一つあった。

いいや、1人って言った方がいいかな?

教室の窓ぎわの席、三列目の彼。

田中 大昇(たいしょう)


いつ見ても、田中君は勉強してるか、
本を読んでるかのどちらかだ。今も日の光を浴びながら読書に勤しんでる。


1人行動してる真面目で読書好きな優等生。
まるでメガネをかけた男版の私だった。


同じクラスになって半年になりそうだけど、まだ一度もちゃんと話したこともない。
でも、田中君には勝手に親近感を覚えていた。



それに、皆はメガネで気づいてないけれど、
田中くんの整った鼻とシャープな顎のラインは、
世間が言うイケメンの部類に入ると思う。


透き通るような白い肌からは上品さも感じさせられる。


でも、ただそれだけなら、私もここまで観察はしない。


真面目で優等生な田中くんはこの学校の有名人でもあるのだ。


それはイケメンだからでも、学年一のモテ男だからでもない。


田中君をこの学校の有名人にしたのは、
彼を取り巻く嘘みたいな黒い噂。


友達がいない私でさえも、
彼の噂だけは知ってる。


でも、そんなの絶対みんなの勘違いだよ。
噂だけ一人歩きしてるんだよきっと。


だってあり得ないでしょ?

あの真面目で色白で眼鏡かけてて、
休み時間に1人で本読んでる、
そんな田中くんが……


田中くんがヤンキーだなんて。