ケータイ小説 野いちご

デキる女を脱ぎ捨てさせて

6.葛藤

 運転、変わりますと言ったのに支社長は聞かなかった。

「西村さんのハンカチのお陰で血は止まったよ。
 額の辺りは皮が薄いので血がたくさん出て大変そうに見えるだけで実際は大したことないんだよ?」

 わたざわざ説明してくれて、その上寂しそうな笑顔を向けられるとどんな言葉を掛ければいいのか分からなくなって口を噤んだ。

 車に乗り込むとため息混じりについ本音をこぼした。

「人間不信になりそう。」

 倉林支社長は私の呟きには何も言わなかった。

 人間不信なんて彼の方がなってもおかしくないよね。
 こんな時に気の利いたことを言えない自分がもどかしかった。

「少し付き合ってもらえないか?」

 調べに行くのかな。
 おじさんは工場の有害な排水がって言っていた。
 でも検査キットみたいなのがきっと必要だ。

 質問することもはばかられて無言のまま頷いた。


 ついたのは見晴らしのいい高台。
 山の木々が青々として清々しく、空気も澄んでいる。
 耳に届く川のせせらぎが心地よかった。

 見渡して胸いっぱいに澄んだ空気を吸い込むと嫌なことも忘れられそうだ。
 下流の方にフォレスト工業山野支社が見える。

 私と同じように遠くの景色を眺めていた倉林支社長がポツリと呟いた。

「ここの風景が好きだった。」

「……だった?」

 その言い方はずっと前から知っていたようなニュアンスを感じた。

< 57/ 214 >