【外国人上司の受胎告知】




「アイ、今夜は僕が腕によりを作って食事の準備をするから、アイはゆっくり、首を太くして待っていてね」

「フランシスさん、ちょいちょい日本語間違ってます」

「え、そうなの?」

「よりはかけるものですし、首は長くするものです」

「やっぱり日本語は難しいね。日本もフランス語を母国語にすればいいのに」

 そう言って口を尖らせる彼は、フランシス・ミィシェーレさん。
 ブロンドの髪をした超絶美人のフランス人で、わたしの職場の上司。数年前にフランス支社からこちらに転勤してきた。
 びっくりするくらい徹底したレディーファーストで、びっくりするくらい日本語が上手い。

 その美貌とレディーファーストで、女性社員たちから絶大な人気を誇る。
 仕事も自分の意志を持ってはっきり持って取り組んでいるおかげで、同僚たちからの信頼も厚い。
 情も深く、同僚たちのプライベートな悩みを聞くと、休日返上で助けてあげている、という話を聞いた。

 そんな完璧超人のフランシスさんと、今年の春から付き合うことになった。

 ということは、ごくごく普通の一般市民であるわたしが、学生時代から住んでいる、築三十年、木造二階建てのアパート、104号室、1K、和室八畳キッチン六畳の部屋に、フランス国籍の完璧超人が出入りするということで。その違和感ときたら……。

 フランシスさんといるときにばったり会ったアパートの住人たちも、みんな必ず驚いた顔をした。

 特に郵便受けの前で会った男性――たしか101号室のひとは目を丸くして硬直し、取り出したばかりの郵便物をどさどさと落とした。
 フランシスさんが郵便物を拾い、それについた砂を払いながら「大丈夫ですか、どうぞ」と流暢な日本語で声をかけると、男性は「アリガトゴザイマース」と片言の日本語で返していた。

 そんな、わたしには不似合い過ぎるくらいの完璧超人と付き合うことになった経緯を話そうとすると、今から数ヶ月――春の気配を感じつつもまだ少し肌寒い、三月の末まで遡らなければならない。