【残り数センチの痛み】




「隼人! ちょっ、ちゃんとしてよ!」

「もういいだろうが」

「駄目! みんなに才色兼備って言われてるわたしが、恋愛初心者なんて絶対駄目!」

「岡本に教えてもらえばいいだろ」

「無理だよ! だって絶対岡本くんのほうがわたしより恋愛経験豊富だもん。笑われちゃうよ!」

「じゃあなんで俺なんだよ。他の奴でもいいだろうが」

「幼馴染みでしょ、協力しなさい!」


 一ヶ月前、幼馴染みの知花が岡本に告白された。
 岡本はこの一ヶ月、手も握らないし、それ以上のことも勿論してこないらしい。

 それが逆に、十八年間彼氏を作ったことがなかった知花を焦らせた。

 もしかして自分に魅力がないのかもしれない、何か問題があるのかもしれない、自分が積極的になった方が良いのかもしれない、とあれこれ考えた結果、俺に「練習台になってほしい!」と最低なことを頼んできた。

 タダじゃ引き受けねえよ、とやんわり断ったのに、真面目な知花は、パンを十個に高いアイスを五個、カップ麺十個に栄養ドリンクを五本持って、もう一度頼みに来た。
 なんで食い物ばっかなんだよ、エロ本でも買って来いよ、と遠回しに断ったつもりだったのに、やっぱり真面目な知花はエロ本を買って、また頼みに来る。
 こうなればもう、引き受けるしかなかった。

 それから一週間、夕方六時からの一時間、知花と俺は、キスの練習をしている。


「はい、もう一回」

「しょうがねぇなあ……」

 知花は不器用に目を閉じて、唇を押しつけてくる。
 何度やっても、全然上達しない。才色兼備が聞いて呆れる。容姿はわりと良いし、勉強もできるくせに、こういうことに関しては何もできないなんて。