ダウンライトの灯りの下で細身のグラスを傾ける。

爽やかな風味が喉を駆け抜け、勢い飲み干そうとして、あることを思い出しグラスを置いた。

大人の女性はフルートグラスは避けた方がいいと教えてくれたのは、カクテル通を気取る元上司だった。

どうしてですか? と聞くと、

 

「細くて深いグラスを飲む干すには、顎をあげて突き出すしかない。そうすると首が見えすぎてしまう。

首筋は年を隠せない、見られるほうも嫌だろうし、見えたほうも興ざめだ」



女性をわかったような答えが返ってきた。

首を傾けようが、気取って飲もうが、そんなのこっちの勝手じゃない……

そう思っていたけれど、上司が言った意味が今ならわかる。

母親譲りのきめの細かい肌のおかげで年齢より若く見られるけれど、20代の頃のような張りはない。

それでも、好きな人の前では綺麗でいたいし、可愛いと思われたい。

女はね、いつもそう思っているの。

なのに、あと2年待ってくれって、どういうこと?

2年もたったら、私いくつになると思ってるのよ……


話があるから来てくれと森本さんが指定したのは、奥まった路地にあるカクテルが多彩なカウンターバーだった。

彼との待ち合わせがスイーツの店ではなかったことが、私にはかなりの驚きだった。

そして、今夜もすでに1時間近くの遅刻。

まったく、私を待たせてばかりじゃない、そのうえ2年待てって? 冗談でしょう!

怒りが増しそうで、カウンターに出された2杯目のグラスをあおった。





先週のこと……



「森本さん、すごいわね。大抜擢じゃない、牧野さんもいよいよね」


「いよいよって、なにが?」


「とぼけなくてもいいわよぉ。森本さんと付き合って何年? 

私が結婚する前からだから……4年はたってるわね。彼と一緒に行くんでしょう?」


「ちょっと待って、行くってどこに?」


「えっ、うそ、ホントに知らないの? 森本さん、九州支店の立ち上げメンバーに入ってるって話、聞いてないの?」



東さんは相変わらずの情報の速さで、4年前と同じく私をひどく惑わせてくれた。

社内結婚した彼女の旦那様は森本さんと同期で、彼と私の交際が知れたのも旦那様経由だった。

今回の情報も、同様のルートからもたらされたものらしい。



「聞いてない……」


「わぁ、悪いこと言っちゃったわね。ごめん」



今さら謝られても、もう遅いわよ。

彼から聞くより先に知ってしまった、このモヤモヤした気持ちをどうしてくれるのよ。

でも、森本さんのことだから、正式に決まってから私に話すつもりでいるのかもしれない。

ほどなく森本さんから知らせがあるだろうと思っていたのに、2日たっても3日たってもなんの音沙汰もない。

私ってアナタのなに?

この前、父親の前で言ってくれたこと覚えてる?

3週間前の出来事を、イライラした頭で思い返した。

とあるスイーツカフェで、運ばれてきたフォンダンショコラに手も付けず、彼は唐突に話をはじめた。