仕事帰りに立ち寄ったバー【SOUND】

この店は細い路地を入った所に有る。
表通りには看板も無く、彼に連れて来てもらわなかったら、一生知る事も入る事も、無かっただろう。

扉を開けるとマスターが、優しく微笑んで迎えてくれる。

彼の白髪と目尻の皺が、人生の年輪を感じさせる。
だからと言って、老いていると言う訳ではなく、いい歳のとり方をしている。
ダンディーと言ったほうが良いだろう。

本当に素敵な人なのだ。

 マスターは大手企業を退職後、若い頃の夢だった、このバーを始めたと、以前話してくれた事がある。今日は時間が早いせいか、他のお客さんはまだ居ない様だ。

 私は微笑み軽く会釈をし、カウンターの端、いつもの席に座る。

 するとマスターは「お疲れ様」と言って、いつものバーボンのストレートとチェイサーを出してくれる。

 『長期熟成されたこのリッチな味わい。力強さにスウィートな温かみ。焦がした樽由来の甘い香ばしいキャラメルの感覚がたまらないんだ…』

 初めて愛した彼から、そう教えて貰った。

 それ以来、私はバーボンのストレートを好んで飲む。