一緒にカフェに入ったり、本屋に入ったりしながらどうにか時間を潰して、時刻はそろそろ五時。

 坂井君が「もう大丈夫だと思うから、行くか」と言って、あたしを連れてホームへ移動した。

 どう考えても、自宅の門限には間に合わない。

 考えた挙句、あたしは電話連絡じゃなく、『門限、ちょっと遅れるけど大丈夫だから心配しないで』ってメッセージをお母さんに送っておいた。

 帰ってから絶対、大丈夫では済まされないと思うけど、このまま自宅に帰るわけにはいかない。

「ところで坂井君のお母さん、きっとあたしのこと変に思ってるよね……」

「お前、いきなり逃げ出したからなぁ。まあ、急に用事を思い出したとかなんとか、俺が後でうまい言い訳しておくから安心しろ」

 そんな、明らかにうまくない言い訳を聞いた後では余計に安心できないけれど、この件は坂井君に任せるしかない。

「ねぇ、あたしがレシピエントかどうか、お母さんが聞いてきたらどうする?」

「聞いてきたら、正直に話すと思う。たぶん」

「…………」

「だって聞いてくるってことは、もうほとんど気付かれちまってるってことだ。そんな状態で内緒にされたって、逆効果でしかないだろ? 蛇の生殺しみたいなもんだよ」

「うん……そう、だろうとは思う……」

「知る権利ってヤツを完全否定はできねえよ。でもあくまで、聞かれたら答える。聞かれなかったら、こっちからは何も言わない」

「それでいいの?」

「知る権利と同じくらい、知らない権利もあると思う。もしも俺の母さんが知りたくないと思うなら、知らないままでいい」

 坂井君は、受付の面会ノートに名前と時間を記入しながら言葉を続けた。

「俺は知りたいと思ったけど、母さんがどう思うかは、母さん次第だから」

 人によって、物事のとらえ方は様々だ。

 自分にとっては苦痛なことでも、別の誰かにとっては、救いになることもある。

 じゃあ、あたしがこれから坂井君のおばあちゃんに会うことも、見方によっては何か別な意味が生まれるんだろうか?

 もしかして坂井君がさっき言ってた『視点』って、そういうこと……?

「じゃあ、ばあちゃんとこ行くか」
「あ、うん」

 とにかく、今は坂井君のおばあさんに面会することだけを考えよう。

 そう腹をくくったあたしは、どこかの公民館と病院を足して二で割ったみたいな雰囲気の建物の中を、坂井君と一緒に進んでいく。

 三階の、ある一室の前で立ち止まった坂井君が、「ここだ」と言って、慣れた様子で扉をガラリと開いた。