私が、トキユメを初めて目にしたのは大学に入って間もなくの時だった。

彼女は夕暮れの誰も居ない訓練所で、一人で剣を振っていた。
しなやかに伸びる腕と、どこか官能的にしなる身体に沿うように流れる黒髪を窓からの夕日が影をもたせ、虚空を揺らめく剣に時折反射する茜が照らすその綺麗な横顔に、私の視線は一瞬で釘付けにされたものだった。


そして今、私の前であの日の光景が再現されている。

黒きコ-トと髪を靡かせ風に舞う木葉のように舞いながら敵の攻撃をかわし斬撃を返す。
まさに彼女こそ大学一、いや…帝国一の剣士だと言っても過言ではない。


『でかしたア-リッヒ!
今夜はでっかいステ-キが食えるぜ!』

トキユメはディノタウルスといったん間合いを取るように離れると、私の前に背を向けて立った。

『冗談でしょ?あれを食べるつもりなの?
アイツは四天王なのよ?』

私は立ち上がるとトキユメの隣で大剣を構えた。
父の形見であるこの剣は、女である私の力では到底振り回すことなんてできないが、こうやってるだけでも牽制にはなる……と思う。


『四天王って、A4クラスの牛ってことか?』

んなわけねぇだろ。
とりあえず焼肉から離れろ。

こんな時でも相変わらず呑気な事を言うトキユメに、私の表情が思わず綻んだ。


『小娘よ、先ほど離れる間際に貴様の刃は我の額をとらえたな。
だが…悲しきことに、見ての通りかすり傷1つ負わせられていない…。
さて、か弱き小娘どもよ…魔界最硬とまで呼ばれている我をどうやって倒すつもりだ?』

ディノタウルスはその巨体を見せつけるかのように丸太のような両腕を広げて私たちを見下ろした。


『おい、ア-リッヒ…』

ふと、真剣な表情で私を呼ぶトキユメに、何か作戦でもあるのかと私は耳を近づけた。

『あの牛、喋ってねぇか?』

…………今!?


私がポカ-ンとしてると、突如トキユメが動いた。
柔らかな身のこなしで一気に距離を詰め、ディノタウルスの頭部へと刃をはしらせたのだ。

『何だと…?』

ディノタウルスが目を見開いた。
彼はトキユメのその速さにではなく、一瞬にして視界に漂う赤い雫に驚いているようだった。


『一回で斬れなかったくらいで威張るなよ牛ステ-キ。
言っとくが…二回、三回と斬れるまで何度でも斬るのが俺流だ』

不敵な笑みを浮かべるトキユメが剣先を向けたそこで、ディノタウルスは額から伝い落ちて地面を染める血液を見つめながら巨体を震わせている。

それが、恐怖ではなく怒りによる震えだということは一目瞭然だ。


『おら、三枚におろしてやっから早くかかって来いA4牛ステ-キ野郎』

『ちょっとトキユメ!お願いだからこれ以上挑発しないで馬鹿野郎!!』

私は慌ててトキユメを怒鳴った。

『ウヒャヒャ…!
別に良いじゃねぇか。
頭に血が昇った方が、肉の旨味が増すってもんだ』

あくまでも食うつもりなんだな!
揺るぎないなホント!!


『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……殺す!!』

ディノタウルスは鋭い牙を剥きながら斧を振り上げた。
大気を震わすような殺気に私はチビりそうな気分になる。

そんな中、トキユメは指を差しながら私に言った。


『アイツ、牛のくせに牙あるぞ』


……もう黙っててくれませんか?




         ※次巻❮この冒険、やっぱハ-ドモ-ド過ぎません?❯に続く