ぜえはあと息を切らしながら、母校へ続くゆるやかだけど長い坂を上りながら、あの日のことを思い出した。短い恋が終わった日のことだ。

 十年前、夏の終わり。わたしは放課後の教室で、4Bの鉛筆を握って立ち尽くしていた。まさか告白もしないまま恋が終わってしまうなんて思わなかったから、この感情をどうすればいいのか分からなかった。

 わたしを選ばないなんて馬鹿だ。後悔しても知らないんだから。と言っても、彼とはそんなに接点があったわけではない。同じクラスで、掃除のときにしか機能しない班が一緒だった。たったそれだけ。告白したらオーケーしてもらえただろうなんて思わない。だからゆっくり時間をかけて親しくなろうと思っていたのに。その結果がこれだ。

 彼に、恋人ができた。クラスで一番可愛くて明るくてムードメーカーの、わたしなんかじゃ到底敵わないような子。というのは仮の姿で、実際はそれとは真逆の子。よりによって彼女を選ぶなんて。本当に馬鹿だ。

 彼の机を指で撫でたあと、行き場のないその気持ちをぶつけるよう、持っていた鉛筆でそこにでかでかと文字を書いた。馬、と。消すのはさぞかし大変だっただろう。

 あれから十年。時の流れはわたしの中からその記憶をどこかへ運んで行ってくれたけれど、今こうして思い出すということは、心のどこかでまだ彼を想っているのかもしれない。