「うわああああっ!!」
 さと子の叫び声に、既に弁当箱の中に敷き詰められていた、ハンちゃん、スーさん、ひたし様が慌てて人間の姿になり、声の方へと向かった。
「どうしたの!?」
「どした!」
「何事です!!」
 それぞれの言葉で、さと子に聞くと、さと子は洗濯機の中に上半身をうずめていた。
「……ああ、洗濯物乾かすの忘れてた……」
「どうでもいーわ」
 呆れたスーさんはその場を去り、テレビの電源を入れて今朝の占いを見始めた。ただし、スーさんに血液型や、生年月日などと言う概念は無い。なので、スーさんはその日の気分で適当に自分の血液型や星座を決めている。
「やったー! おうし座1位だぜーっ!!」
 スーさんの声に、ハンちゃんとひたし様もテレビの前へと向かって行った。当然だが、ハンちゃんやひたし様も血液型や生年月日など無い。
「はぁ……すっごい勿体ない……ショック」
「ねーねー、サトちゃん! サトちゃんって何座ー?」
 寝室の扉から、ハンちゃんが顔を出してさと子に聞く。それに対し、さと子は力無い声で、「乙女座だけど……」と答えた。
「あ……そっか」
 何とも引っかかりのあるハンちゃんの反応に、さと子が顔を上げて寝室に移動した。テレビの前に固まる3人を退けさせ、さと子はテレビ画面を独占する。そして、目に映った乙女座の順位は……。
「……最下位。今日は、ロクなことが起こらないでしょう。小さなことでくよくよしちゃダメ!! ……ですって?」
「さ、サトちゃん! どうせ占いだからっ!!」
 テレビの前にひざまずくさと子を、ハンちゃんが必死に励ます。その後ろで暇そうに耳をほじるスーさんと、さと子とハンちゃんの隙間から、占いの画面を覗くひたし様。
「あ、さと子様、ラッキーフード出ましたよ。ナポリタン、と」
 さと子は瞬時に起き上がった。その勢いにハンちゃんが飛ばされ、布団の上に綺麗に着地した。ハンちゃんは思わず両手を上げていた。そのお見事な様に、ひたし様は拍手し、スーさんは口笛を吹いた。
「な、ナポリタンか! よっしゃ、お弁当の追加メニューじゃ!!」
 さと子はどしどしと地面を激しく揺らし、調理台に移動した。
「女ってさ、占い信じ過ぎだよな」
「占いって面白いからねー」
「そうですね。ラッキーなアイテムを使用するれば転機が起こるかもしれないと言う、運命的な感じも尚惹かれるのでしょう」
「けどさ、ステーキだって真っ先に見に行ってたじゃん」
「いや……別に……」
 スーさんは視線を逸らした。
「内容は、気になるあの子と急接近でしたっけね。ラッキースポットは喫茶店で」
「あー聞こえねー」
 ひたし様が痛いところを突いてくるので、耳に手を当ててさと子の元へと移動した。ハンちゃんもナポリタンの出来具合が気になり、さと子の元へと移動する。その中、ひたし様だけがさと子の寝室に残り、何やら怪しい動きをし始めた。
 と言うのも、実はひたし様の占いの結果は、さと子の次に悪いしし座の11位だったからだ。そんなしし座のラッキーカラーは紫。しかし、緑の代表のようなひたし様には到底縁遠い色だ。よって、さと子の持ち物から本日中だけ拝借しようと言う魂胆らしい。
「おっ? これは……」
 押し入れをこっそりと開け、必死に手を伸ばすと、小さな丸いものに触れた。それを掴んで見てみると、それは偶然にも紫色のボタンだった。
「申し訳御座いません。私が今日笑顔でいられる為に、拝借いたします!」
 合掌して頭を下げると、ひと足遅れてさと子の元へと移動した。

 何とか会社へも余裕を持って着いた。家から移動するまで、特に変な出来事も無かった。占いなんてやはりこんなものか、さと子も気を緩めていると、後ろから声が聞こえてくる。
「邪魔」
「す、すみません……っ」
 さと子達が振り返ると、高圧的な女性が、気の弱そうな男性を強引に退けさせ、謝りもせずにそのまま歩いて行った。
「んだよアレ。やなヤツ」
「うん……ああいう女の人、ニガテだな……」
 肉料理2人はあまり良い顔をしていない。さと子やひたし様も同じ思いだったが、視線は男性の方を見ていた。
「大丈夫?」
 さと子が男性に近寄って腰を曲げ、相手の顔を覗き込む。すると、男性の表情にさと子は違和感を覚えた。
「く、くくく……」
 声が漏れた。何だか、関わってはいけないタイプの人みたい。即座に察した4人は、男性からそそくさと去ろうとする。
「待って」
「ぎゃあああっ!!」
 男性に腕を掴まれ、気持ちだけならばホラー映画だ。振り向くと、男性は長い前髪を垂らし、貞子の如くさと子に迫って来た。
「あの……見ましたよね、僕の顔……」
「み、見て無いです」
「いや……だって確実に目が合った……。僕、にやけてたでしょ? こんな風にね!!」
 ホラー映画ならば、女性の甲高い叫び声が上がっているだろう。4人の表情は鬼気迫るものになっていた。
「まぁ、とどのつまりは僕ドMなんですけどね」
 途端に表情を変え、男性は言った。あまりの切り替えの速さに、4人がずっこける。
「う、うん。そんな感じの顔してたけど……」
「見ました!? あの女性の何ともたまらん強気な感じ……それが気持ち良くてもう」
「あの、私そろそろ仕事あるので」
 急いで逃げようとするさと子の腕を掴み、強引に引き寄せる。遠目から見れば、カップルに見えてしまう。必死に引っぺがそうとするさと子と3人だったが、男性が怖いくらいに腕の力が強い。
「何やってんだお前等」
「うわぁっ!?」
 振り返ると達海が首を傾げていた。
「ち、違うのよ! これは決してお付き合いしてるとかではなくってね」
「おお、達海! お前の言ってた同僚って、やっぱりコイツか!!」
「は?」
 全く状況が飲み込めないさと子は、達海と男性の顔を代わりばんこに見続ける。達海は平然と頷いた。
「だ、誰っ!?」
「お前に前話したろ、俺に弁当作ってくれる同僚。コイツだよ」
「えええええっ!!」
 見た目があまりにもきめ細やかで、時折遊び心のあるキャラクター型のおかずもあったあのお弁当を、この、前髪の長い暗そうな男性が。てっきり相手が女性だとばかり思っていたさと子には衝撃が強い。
「それはそうと、直人(なおと)。まだあの女との進展無いのか?」
「ああ! お弁当を渡そうと近づいても、何時も蹴飛ばされて終わりなんだ。仕方ないから彼女がいない間にデスクに置いておくんだが……翌朝戻ると、何時も中身の入ったお弁当箱があってさ」
「そんな奴ずっと好きなお前もつくづく変わってるよ。まぁ、俺にしてみれば美味しい弁当を何時も食わせてもらえるから良いけどな。頑張れよ」
 達海はそのまま自分の職場へと向かってしまった。
「さと子、頼むよ。君にも手伝ってほしい」
「でも私あの女性のこと全然知らないし……」
「何でも良いから、何かアドバイスしてよ!!」
 出会ってそうそう、他人に恋のアドバイスを求めるなど、理不尽すぎる。そうは思っても、この手のタイプは幾ら言っても通じないだろう。
「仕事、なるべく早く終わらせて下さい。そしたら、此処でまた落ちあおう」
 気がつけば、そんな約束を勝手にされていた。そしてスキップをしながら去って行く直人。対してさと子はとぼとぼと歩いていた。早速、占いの結果が的中した気がした。
「あんな奴放っとけば?」
「うん……そうしたいんだけど、あれだけ必死な顔見ちゃうとね」
「そこが、サトちゃんの良いとこだもんね」
「ええ、このままではいけません。良くも悪くも、彼は結果が出ないと前へ進めませんよ」
 あんな納豆のようにクセのある人間、受け入れてもらえるのだろうか。さと子は頭に手を当てて悩みながら、職場へと移動した。

――現在の体重89キロ