「遅い!」

 その後、私たちは本土行きのフェリーで静岡市内に移動し、静岡支社に挨拶によって、今日の予定を終った。
 
 それまで終始無言だった大神さんは、支社を出るなり一喝した。

「ひぃっ、済みませーん!」

「ったく、まあギリギリだったものの、あと1分遅れてたらどうなっていたことか…」

「で、でもっ、まさかあんな…もし社長に知れたら…」

「…社長は大丈夫。寧ろ望んでるさ」

 いかにも苦々しいという様子で、言い捨てる。

「そんなアホな…」

「いいか?
 社長には秘書課の松嶋さんを始め、少なくとも社内に4人の彼女がいる」

「ええっ⁉でも確か、松嶋さんって」

 大神さんの彼女では?

「俺はダミーだ。
 その上、奥様にまであてがおうと…くそっ」

「うわぁ、ドッロドロですね~」

「社長にとって俺は、精々いい捨てゴマなんだ。
 奥様の機嫌がよければよし、万一関係なんか結んだら、クビにして離婚に持ち込めば、それでよしってもんだ」

 市内のビジネスホテルへの帰り道をゆるゆる歩きながら、彼は珍しく多弁であった。

「それも出世コースの世渡りって訳ですね。いやぁ、大変だなぁ」

…私だったら絶対嫌だが。
 そういったストレスで我々係員にも、厳しく当たるのだろうか。

 だとしたら少し可哀想な気もするが。

「おうよ、クビと出世の綱渡りよ。それをお前は…ん?」

「はい?」

「いや…なんか、知ってる人がいたような…なんか見られてないか?」

「別に、何も?」

「そうか…」