ボルタージュ王国の庭園は『王国の至宝』と言われている。

 庭園は、色ごとに統一されており、季節に合わせて色々な花を目にできる。人がちょうど二人並んで歩ける路面は、すべてが大理石。各区画内には、大理石で造られた天使の像が置かれている。

 その中にある天使の石像。たっぷりとした布地を身体にまとい、石像とは思えない波打つ髪。石像の頭から足まである巨大な弓を微笑みながら構えている天使の立像。

 庭園の石像中で一番人気のこの像は、アレンにとても似ていた。
 そのため主に男性からアレンへの賛美、彼の容姿を褒め称える時に皮肉もこめ、石像自身が動いているみたいだ…と言われるくらいの代物だった。

 そんな庭園を一望できる場所こそが、今回の舞踏会の場所。
 舞踏会の大広間と庭園を自由に行き来して恋を育む、ロマンチックな庭園は、誰しもが憧れる王宮の楽園となっていた。


 そんなロマンチックな場所にいるはずのエルティーナは、大広間に続く重厚な扉の前でうなっていた。

「…お腹が痛いわ…口から心臓が飛び出るわ…無理…無理…無理…」

 呪いの文言を唱えているのか?と思う声を発しているエルティーナは震える手を、胸に握りしめて大理石の床を見つめていた。

 今から誰かを呪うのか?? と思わす声色でつぶやく実妹のエルティーナを、レオンは呆れた眼差しで見ていた。

「…はぁぁぁ……エル。見た目が変わっても中身はそのままだな…。
 おい、そのドレスで前かがみになるのはやめろ。胸が見える。男から何をされても文句はいえないからな」

「うっ……」

 レオンの深いため息に、エルティーナは、上目遣いでレオンを睨らむ。


 王太子レオン・ボルタージュ。年齢二十八歳。
 ふわっとした淡い金髪で柔らかいブラウンの瞳のエルティーナとは違い、目に焼きつくような濃い金色の髪に、意識の強さが現れる濃いエメラルドの瞳。

 いつもは少し長い前髪をそのままにしているが、公式の場という事もあり軽く後ろに撫でつけていた。
 目尻の黒子がまた妖艶で、色気がダダ漏れ。

 極上の色男だが、なよなよとしているわけでなく。身分を隠し騎士団に入団し、訓練を受け、騎士の称号を得たレオン。
 騎士として鍛え上げられた肉体は眼福もの。今は軍服。軍服の色は黒。だから威圧感も半端ない。
 騎士時代にレオンとエリザベスは出会い、恋に落ちた。なので王太子妃エリザベスも騎士。レオンとエリザベス夫婦揃うと圧巻であった。


 レオンはエルティーナより、頭一つ分以上高い。
 長身のアレンと同じくらいの身長だった。
 レオンとアレンが並ぶと、神々しくて、拝みたくなるとボルタージュ国では言われている。
 エルティーナは、実際に拝んでいた。それを見た二人からものすごく嫌そうな顔をされた記憶は、まだ鮮明に思い出せた。
 なので、今は心の中で拝む事にしていた。



「…お兄様の……いじわる…」

 エルティーナに対し、いつもは甘々なレオン。今日は、そうではない感じがなんか嫌だ。

 エスコートする為に、エルティーナの側にいるレオンに向ける言葉ではないと分かっていても、服の所為もあって落ちつかないのと、何となくイライラして言葉に棘が出てしまう。

「…エル。俺は、エルのその姿が嬉しい。エルが舞踏会にでるのが嫌なんだとは分かる。俺もエリザベスも騎士上がりだから、自分が着飾り踊るよりは、剣を交えている方が好きだ。
 でも、お前は違う。…エル…子供でいるのは終わりだ。恋をしろ。父上や俺、アレンが安心できるのは、そういう意味での男ではないからだ…。
 エルが可愛くて、お前が嫌がるから、社交界にデビューする前に習うはずの閨房学もお前は……知らない…」

 レオンは一度言葉を切り、エルティーナのブラウンの瞳を見つめながら微笑んだ。

「…エル。本当にいやなら、何があっても助けてやる。だから、見つけてほしい。エルの魂の伴侶を…」

 レオンの言葉に胸が熱くなる。愛されているのがわかる。
 レオンの機嫌が悪いのは、エルティーナを心配しての事だと…ハッキリと胸に響く。


「お兄様!!大好きです!!やっぱり、お兄様は、素敵!!」

 エルティーナは、レオンの広い胸に抱きつく。大好きといいながら!!


 いよいよ、舞踏会が始まる。今日は、今までにない日になると感じていた。

 レオンの気持ちが嬉しい反面…アレンがエルティーナに対して思う気持ちが、大好きな兄と同じ気持ちなんだと、理解してしまった。
 どれだけ頑張っても、アレンにとって私は妹なんだと…。
 ずっと思っていたシコリが解けた…。
 お兄様のいう安心する気持ち…なるほど。はじめて、分かった…。

 気づけばさらにアレンに対するエルティーナの気持ちが、なんだかとても汚く思う…妹のように大切に思ってくれているのに、エルティーナは違う。
 彼を裏切っている気持ちが汚い…恥ずかし…だからこそ、今日は最後と自らを奮い立たせる。

 アレンとは離れるつもり、口付けもそれ以上もしたいとは、流石にもう思わない。

 この舞踏会で、アレンと踊る!!そして、旦那様をみつける!!そうエルティーナは強く心に刻みこむ。



 ファンファーレの音とともに、お兄様にエスコートされ、舞踏会に足を踏み入れる。


 この日を境に。
 エルティーナの壊したくないアレンとの日常が崩れていくとは、この時は、まだエルティーナは知りえなかった…。