「…ナシル。今から、ドレスを変えるのは無理?」

 エルティーナが言った言葉に、ナシル他侍女皆が驚く。

「……エルティーナ様。何故か、お聞きしてもよろしいでしょうか。…正直に申し上げますと、時間的にかなり難しいです。でも不可能ではございません」

 優しく、そしてはっきりと。ナシルらしい言葉が返ってきた。
 エルティーナはそんなナシルの事が、大好きだと改めて思う。

「私は、殿方と触れ合うのが嫌。胸やら尻をみながら女を物色している殿方を見ると吐き気がするの。
 だから…いつも舞踏会に出るには、ありえないドレスを着ていたわ」

 そうエルティーナの着ているドレスは、胸元も、背中も、肩も、腕も、全部隠れている。
 男からの視線に慣れず、どうしても気分が悪くなるからだ。
 自意識過剰と言われればそれまでだが、実際間違いなくエルティーナは肉欲の対象とみられていた。

 吐き気がするだけではなく、実際吐いたことも多々ある。
 自分の、今着ているドレスを見て。そして苦笑。淡く光沢のあるピンクのドレスを指で軽く持ち上げて、ナシルに笑う。

「私ね。どんな風に社交界で言われているのか…分かってるの…。
 自意識過剰な王女様って…。見られるのはいいことだと思えなくて。殿方がどうしても気持ち悪くて。性的な視線が嫌で。触れられたくなくて。ダンスが嫌で……」

 下を向いていた顔を上げ、エルティーナは宣言する。


「でも、頑張ってみようと思うの。綺麗になりたいわ!!」

「「「きゃー! きゃー! きゃー!」」」

 ナシルの背後の侍女、キーナ、メーラル、クキラ、が興奮し思わず叫ぶ。

「キーナ! メーラル! クキラ!」とナシルの叱咤がとぶ。がそのやり取りがとても楽しくて、ナシルに怒られる事が分かっていても、エルティーナも王女である事を忘れ、大きな声で一緒に笑う。

 綺麗になりたい理由はもちろん決まっている。
 エルティーナが大人の女性のように綺麗になった姿を見せたいのはアレン。投げやりだが結婚相手は、もう誰でもいいと思う。今日の舞踏会で決めると決心していた。


 エルティーナにとって、アレン以外は皆、同じ。
 アレンと他の殿方を比べるのは可哀想…。だがアレンほど眉目秀麗、文武両道に秀でた殿方はいない。見た事がない。
 エルティーナの兄レオンも…眉目秀麗、文武両道だけど、異性ではないし結婚しているし、もちろん却下。
 アレンといい勝負なのは、兄だけ!!と常日頃から思っていた。

 きっとアレンは真面目だから言わないが、そろそろ恋人と結婚したいと思っているはず…。
 本当は護衛騎士をやめたくとも、国王から直々の命令で縛られている。
 半裸になった綺麗な人と抱き合っているのも、アヘアヘいってる(主に女側)ディープな口付けをしているのも…何度も、何度も、見たことがある。
 アレンは隠しているようだが、王宮内の構造を理解しているエルティーナからすれば、ストーカーからの盗み見は簡単なこと。

 色事が嫌いな訳ではなく。勝手な話、アレン以外の殿方に性的な目で見られたくないのだ。

 でも最後くらい求め合う恋人のように、アレンとダンスを踊りたかった。一度でいいから。それ以上は決して望まない。
 今日は、女の魅力を隠しまくり勝手に被害妄想を繰り広げる自分から変わりたい。

 拳に力を入れ「綺麗になりたい」宣言するエルティーナを見て、ナシルは力強く頷いた。


「エルティーナ様、かしこまりました。素敵なドレスは沢山ございます。誰もが振り返る女性に、私達が致しましょう。
 本日は、隣国のバスメール王国。スチラ王国。の姫君も参加されております。ぜひエルティーナ様が一番になってくださいませ」

「そうですとも。エルティーナ様は、美しいです!! 自信がないのが、何故なのかわからないですよ!!」とキーナが。

「すっごい、スタイルがいいのに!! お胸だって信じられないくらい大っきくて、柔らかくて気持ちいいのに!!!」とメーラルが。

「肌、すっべすっべですもんね! 触りごこち最高ですよ!!」とクキラが。

(「なんて事いうの!!!」)

 侍女のあけすけな発言を聞き真っ赤になり、恥ずかしさから涙目になるエルティーナ。

 恥ずかしけど、嬉しい。本当に嬉しい。幸せな今に感謝。そうエルティーナは、真っ赤になりながら思う。


 そしてスペシャリストの腕によってエルティーナに魔法がかかっていく。土台が良い為、着飾ると更にエルティーナの魅了を押し上げるのだ。


「如何ですか」

 ナシルに促されて、立ち上がり。鏡の前に…。
 鏡の前の自分を見て、エルティーナは…驚愕する。

「……綺…麗……」

 ドレスの色は薄い光沢があり、楽園の湖のようだ。可愛さと妖艶さが合わさった究極の一品。
 コルセットで締め上げたウエストは折れるのでは…と思うくらい細く。
 胸は、乳首がはみ出すのでは? …と心配するくらい開いている。正面の鏡からでも胸の割れ目がしっかり見える。自分で見てもなんだか、思わず触りたくなる胸元で、背中も半分以上開いている。
 そして髪は、なんと本物の宝石を編み込んでいる為キラッキラッなのだ! それにも負けないのがネックレス。エルティーナの細い首には、王女しか持ち得ない大ぶりのダイヤモンドが輝いていた。

 文句無しに美しい姿だった。

 ナシル、キーナ、メーラル、クキラ、皆が満足げで。皆の思いを受け感動し涙が溢れてくる…。

「エルティーナ様、泣かないでくださいませ!!!」とナシルの必死な声がとんでくる。

 感動しすぎて涙目になっていた。これなら、アレンの今までの恋人にだって負けてないわ!!と意気込む。
 これだけ作れば超絶麗しいアレンの隣に並んでも見劣りしないはず。これほど舞踏会が楽しみなのは、生まれて始めてだろう。早く、アレンに会いたいと気持ちが急いてしまう。

 エルティーナは美しく飾り立てられた、鏡に映る自分を見ながら甘い未来を想像し、幸せな妄想を描く。

(「アレンに抱きしめられて、もしかしたら口付けされたり!! なんて……きぁゃーきぁゃー!!」)


 素敵な魔法…が
 解けませんように…
 エルティーナは、鏡に映る自分に願いを込めた…。