『私の生まれて初めての恋。そして命尽きるその時まで、私は貴方に恋をしていた。
 誰よりも近くにいて、誰よりも貴方に愛してもらった。その愛は私の望む形ではなかったけど…。
 貴方にとって、私は親友の妹で、命じられて支えることになった偶然の主人だった。
 それでも私は貴方に恋をした。
 私はね、美しい貴方に一目で恋に落ちたの…』

 今世から来世につながる。
 ボルタージュ王国に語り継がれる永遠の恋物語。




 ボルタージュ王国。王都メルカ。
 近隣諸国では群を抜いての大国であるボルタージュは芸術の国とも言われている。

 今だ国境では多少の睨みあいはあるものの、王都に住む人々は、それを理解する事がない暮らしぶりが続いていた。
 平和な王城では、月に一度の…エルティーナ王女の結婚相手を見つける為の舞踏会がひらかれようとしていた。


 壁には美しい紋様が彫り込まれており、毛足の長い絨毯は真紅。
 椅子やテーブル全てが金で造られており、所々に宝石が散りばめられている。
 目が眩むような部屋には、この部屋には少し不釣り合いと感じる天使が、拗ねた顔で腰掛けていた。

「エルティーナ様!! もっと真剣に悩んで下さいませ!! あの殿方も嫌。あの殿方も嫌。エルティーナ様は子供ではないのですよ!!」

 美しい部屋の中に女性の怒りの声が響き渡る。

「……ナシル…。わかっているわ…。嫌がっているわけではないの…。ただ殿方が気持ち悪くて…舐められているような目線が……ウップ……」

 はぁ〜と溜息が、エルティーナの小さく形のよい淡く色づく唇から溜め息ともに、思わず声もでた……。

「…エルティーナ様。私ごときが意見するものではないのです。本来なら……。しかしエルティーナ様は、もう嫁いで当たり前のご年齢なのですよ…それなのに……まだ…」

 乳母であるナシルは、エルティーナ以上の深い深い溜息をつく…。

 王女エルティーナは、十九歳。
 ボルタージュ国では、十四、十五歳で嫁ぐ事が普通の中。なかなか、相手が見つからず今だ独身。
 王や王妃、兄である王太子までもが恋愛結婚だった為、王女が乗り気になるまで。と皆が甘やかしており、エルティーナは今だ独身であった。
 エルティーナの乳母である、ナシルは毎日毎日、頭を抱えていた…。


「…ナシル。舞踏会までまだ時間があるわ。少し一人になりたいの」

 少し強くナシルに言うと、彼女がもう何も言わないのを知っていて、エルティーナは思わずそう口にする。

 ナシルが「…はい。かしこまりました」と部屋をでようと、礼儀に習ったお辞儀をし腰を曲げた時、ナシルの耳にエルティーナの本当に小さな小さな声が聞こえた…。

「…ごめんなさい」と…

 エルティーナ王女は、一日の始まりを表すような光り輝くプラチナブロンドの髪に健康的な滑らかなクリーム色の肌。
 けぶるような金色の睫毛は綺麗に上向き。
 淡いブラウンの瞳は見るものを癒してくれる、まさに天使であった。
 しかし、ふわふわの天使のような見た目だが…少し気も強く、なかなかに頑固であった。


「…あぁ、まただわ…私は、最低ね…八つ当たりしてしまったわ。ナシルは図星ばかりつくから……。
 私だって、好きでいき遅れてるわけではないのに……」


 声に出してつぶやくと虚しさがさらに増す。

 もっと、背が低く。もっと髪の毛がサラサラで。もっと、ウエストも細く。もっと体重も軽くて…。声も可愛くて、生意気ではなくて、守ってあげたくなるような。そんな姿だったら…。
 ううん。それよりも、スレンダーな美人だったら……貴方のタイプかしら……?
 そうだったら…
 アレンは、私に口付けをしてくれる?
 抱きしめてくれる??
 …抱いてくれる???
 遊びでいいのに…。遊びでいいのよ…。やっぱり、十九歳にもなって、男性経験がない女は流石に嫌かしら……。

 苦笑いがとまらない。

 初恋の貴方に近づきたくて、相手にしてもらいたくて、頑張っても頑張っても、アレンにとっては私は仕える王の娘、それだけ。
 私だけが勝手に貴方に運命を感じて…恋をしている。
 お父様の命令で仕方なく相手をしてるんだもの…仕方なく護衛として側にいるんだと…わかっているわ……。

 アレンが私を女として見ていないとわかっている……。


 十一年前に、ベットで眠っている貴方を見て、私は恋に落ちた。そしてその時に出会った瞬間から…私はずっとずっと貴方に恋をしている……。
 誰にも言わず……誰にもばれず……。


 コンコン。

「エルティーナ様。入室してよろしいでしょうか?」

 はぁ……恐ろしく腰にくる、歌うように奏でられる美しい声。まだ誰にも開発されていないあの場所がジンワリとにじんでくるよう。
ソファーに腰掛けているはずなのに、腰がくだけそうだなんて……いえ…実際何度かくだけた経験があるから恐ろしい……。


(「ふん!! アレンなんて!!」)

「無理です!! 絶対に嫌!! です!!」

 エルティーナはドアの向こう側にいる、声の主を思いっきり否定してみる。無理だと分かっていても、言ってしまうのが難しい年頃の乙女である。

「………失礼いたします…」

 ガチャと扉が開く音が聞こえる。エルティーナは、聞こえないふりをして。怒ったふりを見せ、「絶対に振り向かないぞ!」と気持ちを込めて入室してきた愛しい人を無視する。


 アレンは、そんなエルティーナを見て。ゆっくりと毛足の長い絨毯の上をしっかりとした足取りで、近づいて来る。
 エルティーナの目の前に立ち、胸に手を当て腰を折る。

 エルティーナの視界にちらちらと大好きな人が入ってしまう。エルティーナは我慢ができず、大好きだけど決して想いは届かない愛しい人を見上げる。
 見上げた先には息を呑む美貌のアレンが、微笑みながら立っていた。


 アレンは、本当に神がかった美しさだ。
 神を模した大理石の彫像のようで……。
 思わず溜め息がでる白皙の肌。
 宝石を砕いて練り込んだような美しい銀糸の長い髪は、緩く編んで後ろに流している。
 瞳の色は純度の高いアメジスト。
 騎士として鍛えあげられ極限まで絞り込まれた肉体は、服の上からでも容易に想像ができる素晴らしさだ。
 そしてさらに純白の軍服が、彼の魅力を最大限に引き出していた。
 ボルタージュ王国広しといえど、神がかった美貌であるアレンの右にでる者はほぼいない。
『白銀の騎士』それがアレンの通り名であった。


 何度みても、何度みても、本当に綺麗で美しい。
 エルティーナは締めつける胸の痛みを無視し、そっけなく。できるだけそっけなく。と言霊のように胸に刻み、声を出す。



「…何かしら、…アレン」