あれから5年ぶりにここに来た。

私がいなくなったあと、みんなどうしてたんだろうな。
懐かしい思い出がよみがえってくるようだ。もう戻ることのできない、あの日々を。

今思えば、あの頃は無邪気だった。授業が終わればすぐここへきて、毎日練習していた。誰にも負けたくないと、必死であったのだ。今現在の私は、そんな情熱の火は消し去っているが……。

「この場所はかわらないね。」

そう。まるで時が止まっているかのように。
ここは私の一番のお気に入りだった。小さくて狭い洞窟をかがみながら通り、7メートルほど進むといぬふぐりが沢山さいているぽっかりと穴のあいたような空間にでる。そこは洞窟ではあるのだが、通ってきたところとは違いほんわかと温かくて明るい、春がここにいるかのような場所だ。ひろさは広すぎず、ちょうど教室より少し広いくらいだ。その真ん中には小さい川が流れている。ここの水は綺麗で今の時期には蛍が飛ぶ。よくここで水遊びをしだものだ。そして上を見上げると小さな地上に繋がる穴があいていて、そこから細い光が漏れている。とても神秘的でうっとりしてしまうほどに綺麗なのだ。
私はここを誰にも見つからないように、入り口をいつも草と大きな石で隠していた。なんだかひとりじめしているような感じがして、ちょっぴり嬉しかったのだ。だが現在……。いや、私のいない間かわっているかもしれないから確実とはいわないが、この場所を知っている者は私を含め2人しかいない。そのもう一人というのが……。

私は思わず耳を疑った。もう一度耳をすます。

聞こえてくる。あの懐かしいフルートの音色が。正確な音程で綺麗にビブラートのかかっている、かつて一番のライバルであったあの人の音色が……!!

急いで私は洞窟をぬけ、入り口のすぐ横にある上の草原へと繋がっている石で作られた細い階段をかけあがる。そして目にうつった光景に私は疑った。

「さい……り?」

そう口にした私のほうをバイオリンを片手に振り返り、目が合うとその黒い瞳を見開いた。

「千河……?千河なのか!?」

「うん」と首を縦にふると、フルートを足下に置き、走って私の前にくると少しの間私の顔をじっと見つめた。
「なっ、何よ。」
そう言うと、彼はほんわりと笑みを浮かべて、
「アッハハハハ。」
と笑い、私の前に手を出した。何のことだかわからず彼の顔を見ると、
「再会の握手、しようよ!」
と笑顔を浮かべた。この笑顔には昔から弱くて、いつも私も嬉しくなり笑顔にさせられていた。思わず彩里の出した手を両手でギュッと握ると、彩里も両手でギュッとしてくれた。彩里 李空(さいり りく)。私の昔からの友人であり、ライバルでもあった人物だ。相変わらず彩里の性格といい、顔といい、5年たった今でもあまり変わっていないのが不思議だ。そして、昔から練習していたフルートを今でも続けているのかと思い、なんだか胸が熱くなった。

「お帰り。また千河に会えて良かった……。」

「たっ、ただいま……。」

何故か緊張して、声が消えてしまいそうだった。本当は凄く嬉しいはずなのに、どこか後ろめたくて素直に気持ちを言えなくなった。だんだん頭が痛くなる。思い出したくないと私の脳が言っているかのように、ゴーンゴーンと重い頭痛がする。
彩里はそんな私にきずいたのか、少し寂しげな表情をし、
「この後、少し空いてるかな。」
といい私の反応を伺った。「うん。」とうなずくと、
「じゃあ、俺んち来いよ。」
とにっこり笑うと、自分のフルートを取りに行き、私にこっちこっちと合図すると、私に背を向けて歩き出した。

ああ、私はこの後ろ姿を追いかけていたんだ。

また一つ、変わっていないところを見つけられた気がした。