「おかあさん! おかあさん!」

 雨に打たれながら、幼い少女は母親に呼びかける。
 母の体を揺する度に揺れていた少女のボブヘアーが、雨粒によって頬に張りついていく。
 地面に横たわり動かない体は担架に乗せられ、ざわめきに囲まれていた。

「おかあさん! おかあさぁん……!」

「――お嬢ちゃんのお母さんかい?」

 救急隊員に話しかけられた少女は頷いて太い腕にすがりつく。

「おじさん、おかあさんをたすけて!」

 頬に雨と共に涙を伝わらせ声をあげる小さな姿に隊員は彼女の頭を撫でる。
 次いで両肩に手を置いて腰を屈めて視線を合わせた。

「お母さん今頑張っているんだ。お嬢ちゃんも頑張れるかな?」

「うんっ、がんばる! ゆき、がんばる!」

「それじゃあお母さんの近くで応援しようね」

 途切れ途切れに返す少女の手を引いて彼は他の隊員と共に救急車に乗り込む。
 サイレンが遠ざかるに連れて人の波も徐々に引き、残るのは持ち主を待つ揃いの大小の傘だけだった。





「やっぱり雨……」

 慌ただしく通り過ぎる生徒達の中、校舎を出ようと生徒玄関に立った少女、篠崎優希(しのざきゆき)が外を見てぽつりと呟く。
 登校時は快晴で、テレビの天気予報によれば梅雨の合間の晴れで降水確率は低かった。
 しかし、夕方の現在は建物や地面に当たる音が聞こえるほどに雨が降っていて、ほとんどの生徒が玄関を出ると同時に走っている。

(昨日夢を見て傘を持って来たけど当たったな……)

 右手に折りたたみ傘を持ち、閉じられた傘の模様を見つめる。
 傘は淡いオレンジ色に白い水玉模様が描かれたプリントだ。

「うわ、雨降ってるし。優希の予報ってほんとドンピシャ」

 優希の隣に来た友人の南(みなみ)が、降り続く雨をガラス越しに睨む。

「優希に言われて傘持って来て正解だったよ」

「役に立ててよかった」

「ほんとありがと! あ、新しい傘? 優希ってオレンジ色好きだよね」

「うん。お日様みたいでついまた選んじゃって……」

「お母さんの色って言ってたもんね」

 傘を両手で握り目尻を下げる優希に、南は自分の口がゆるむのを感じながら傘置き場に置いてあったビニール傘を手に取る。

「さ、帰ろっか!」

 明るく促す南に頷いて、優希は傘の柄を引き伸ばした。