「雪坊ちゃんには無理ですよ。そんなひょろっとして」


雪君の気持ちを傷つけないように断ったつもりだが、多恵さんの一言で台無しだ。

どうも思ったことをすぐに口にだしてしまう人らしい。

立ち上がった雪君の顔は、ちょっと、いや、けっこう落ち込んでいた。

わたしは気まずい雰囲気を打ち消すため、自分の二の腕を見せ、力こぶをつくる。


「いえ、あの、わたし、けっこう重いんです。
隠してるだけで筋肉もほら、けっこうありますし。

服とかで必死に誤魔化してるから、ばれたくないというか……」


全然フォローになってないと思うが、雪君は笑ってくれた。

多恵さんは大きく頷く。


「女性は体重にかかわることに敏感なんですよ。
わたしも細く見せるために苦労してますから」


真面目な顔で話す多恵さんに、どう反応していいものか悩んでいると、背後から


「ぶはっ」


と男性が吹き出した声が聞こえた。

振り向くとそこには、黒い長袖のカッターシャツに、ブラックジーンズを履いた男性がたっている。

長めの前髪が顔にかかり、表情はよく見えないが、小さく震えているところを見ると、どうやら笑っているらしい。


「あら、快坊ちゃん。今お帰りですか?」


「うん。ただいま、多恵さん。今日も綺麗だね」


快(かい)坊ちゃんと呼ばれたってことは、あの人も志摩家の息子さんかもしれない。

男性は多恵さんからわたしに視線を移す。

慌てて頭を下げた。


「えっと……?」


「兄さん。森山蜜花さんです。
先ほどお着きになりました」


雪君の口調に驚いた。

兄さんってことは兄弟だと思う。
それなのに、なんて固い口調で話すのかと。