「ごめんなさい。大丈夫です。ちょっと、立ちくらみが……」
そういいながら立ち上がると、真紀さんはほっとした顔をした。
「驚いたわ。苦手? 怖い話とか」
わたしは首を左右に振る。
「笑っちゃうでしょう?
B級ホラー映画じゃないんだからって。でも本当にあるのよ。化け物がいるっていう噂が」
真紀さんはクスクスと笑った。
胸がざわざわする。
なんでもない風に装うのが精一杯で、真紀さんと一緒に笑う気になれない。
噂。
そんなものに振り回されることがどんなに愚かなことか、わたしは知っている。
噂のせいでわたし達家族は苦しんだ。
真紀さんの言葉によって蘇った記憶が、わたしの心を苦しめる。
あの時、少年なんかいなかった。
そう思う。
いや、思い込もうとしてきた。
でも目を閉じると、今でも浮かび上がってくるの。
あの少年の嘲笑が。
どんな顔をしていたかとか、どんな服装だったかとかはわからないのに、片側だけ異様に吊り上がった唇は鮮明に覚えている。
それが現実だとはっきり言えないのは、わたしが寝ていた五年間のせい。
普通に考えたら、あの少年の事は悪夢だったのだと思ったほうが楽なのに。
「……ね、蜜花ちゃん、聞いてる?」
いけない。
真紀さんがいるのに、自分の中にこもってしまった。
「す、すみません。あの……」
「うん、だからね、この話、たんなる噂じゃないのよ」
