地の棺(完)

「あの、さっきいってた噂って何ですか?」


不自然だったかもしれないが、わたしはさっきから気になっていたことを口にした。


真紀さんは困ったように首を傾ける。


「ごめん。つい話ちゃったけど、聞かない方がいいと思うわ。
これからしばらくここで暮らすんですもの。
いくら噂話とはいえ、先入観をもつってよくないものね」


真紀さんに言われれば言われるほど気になる。

笑っちゃうような噂だと言っていたけど。

沈黙が生まれ、わたしも真紀さんもなんとはなしに外を見た。

雨は小降りになってきている。

依然として空は淀んでいたが、雨雲の合間から、日の光が僅かに見える。

天候が回復すれば、思ったよりも早く帰れるようになるかもしれない。

この時のわたしは、姉のことより心細さが優っていて、ここに来た目的も忘れかけていた。


「噂っていうのはね」


空を見つめたまま、真紀さんが口を開く。

真紀さんの中でまた心境の変化があったのだろうか。

わたしは複雑そうな真紀さんの横顔を見つめ、続きを待った。


「この家には人を喰う化け物がいるの」


心臓が鷲掴みされたような衝撃だった。

人を喰う化け物。

過去の封じていた記憶が蘇る。

あれはわたしが意識を失っている間に見た夢だと、担当医は言った。

事故現場にいた少年。

掴まれた姉の頭。

赤と黒しか存在しない世界。

頭がクラクラする。


「蜜花ちゃん? 大丈夫?」


気が付けばわたしは床に崩れ落ち、真紀さんに両肩を支えられていた。