初ちゃんは見た目から想像できないほどの力で、わたしの手をぐいっと引いた。

その強引さに、昨日と変わらないはずの笑顔がわずかに恐怖を抱かせる。

初ちゃんがドアノブを手前に引くと中が見えた。


白い障子戸が並ぶ木製の滑らかな廊下。
欄間には鱗一枚一枚まで細かく描かれた龍が空を泳ぐ様が描かれている。

新しい畳の香りと白檀の香りが漂い、低い天井から下がる和紙でできた丸い照明が、どことなくノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。

扉を一枚隔てただけの別世界。

和の意匠に目を奪われていると、初ちゃんは笑顔でわたしの顔を覗き込んだ。


「洋は父、和は母。悪趣味でしょう?」


いや、確かに驚きはしたけど……

素直にすごいと思った。

確かに悪趣味と言えるかもしれない。

でも、その相反する世界観は不思議な魅力でわたしの心を惹きつけた。


「さぁ、行きましょう」


初ちゃんが再びわたしの手を引く。

気を取り戻し、空いた左手で初ちゃんの右手首を掴んだ。

振り向いた初ちゃんは怪訝そうに首を捻る。

姉の忘れ物がなんなのか、気にならないわけがない。

でもこの扉の先にわたしが踏み込んでしまうと、取り返しがつかなくなるんじゃないか、そんな気がした。

根拠もない、ただの勘だけど。

足を止め、躊躇するわたしをじっと見つめていた初ちゃんだったが、顔を横にそむけると「ちっ」と舌打ちする。

えっ? と思った時には、手を乱暴にふり払われた。


「初……ちゃん?」