この言葉には多恵さんも我慢できなかったのか、立ち上がり、桔梗さんの袖を握りしめた。


「奥様っ! わ、わた、私には無理ですっ!
部屋の中に入れませんっ」


涙を流しながら懇願する多恵さんに、桔梗さんは優しく微笑む。


「大丈夫よ。あれは片付けさせますから。

ね、先生?」


話しかけられた神原さんは、とんでもないとでもいうように首を横に振った。


「じゃあ快さん、あなたがしてちょうだい。
雪さん、行くわよ」


そう言うと桔梗さんは多恵さんの手を払い、雪君を手招きした。

それまで無言で俯いていた雪君ははじかれたように顔を上げ、快さんを見た。

快さんは雪君に微笑みながら頷き、雪君は思いつめた表情で顔を歪める。

そのやりとりを見た桔梗さんは、


「早く来なさいっ」


と、ヒステリックな声を上げた。

雪君は桔梗さんの言葉に返事こそしなかったが、桔梗さんの後に続く。

そのまま二人は振り返ることなく、階段を下りて行った。


「あの糞ババア……
どんだけ歪んでんだよっ」


シゲさんが吐き捨てるように言う。

快さんは肩をすくめ、大きなため息をついた。


「さてと、どうしようか。
とりあえず千代子さんをあのままにはしておけないし、俺とシゲちゃんでなんとかするとして……」


「ちょ、てめえっ! 快! 勝手に決めんなっ」


「状況を整理する時間が必要だと思うんだけど、どうかな」


その言葉には賛成だった。

自殺とは思えない形で二人もの人が死んだ。

本当はもっと早くに危機感を持つべきだったのかもしれない。

でも殺人事件という自分の日常とはかけ離れたことにたいして、わたし達は無防備すぎた。

『死』というものをこの目で確かに目撃したのに。