雪君は桔梗さんの前に立つと取り繕うように、


「食事をされていなかったので、軽食を届けに来ました」


といい、そのまま部屋を出ようとした。


しかし桔梗さんは雪君ににっこりと微笑むだけで動こうとしない。


「そう、優しいわね。あなたは」


そう言いながら部屋を覗き込む桔梗さんと、目が合ってしまった。

どうしていいか迷ったすえ、頭を下げる。

恐る恐る顔を上げると、いつの間に移動してきたのか、目の前に桔梗さんが立っていた。

桔梗さんは、驚いて立ち上がろうとしたわたしに向かって右手を伸ばし、そのままぐいっと髪を掴んだ。

突然のことに避けられない。

毛を毟り取られるような刺すような痛みに、息が詰まる。


「母さんっ」


雪君は桔梗さんを引き離そうとしていたが、女性だとは思えないほどの力でそれを振り払った。

そして髪を掴んだ手を上に引き上げる。

足に力が入らず、体がのけ反り、首が露わになる。

そこに、桔梗さんは左手で何かを押し付けた。

室内灯で鈍く光る、小さな刃物。

ひやりとした金属の冷たさが伝わり、体が震える。

僅かな身動きで刃が首にふれてしまいそうな距離。

必死に耐えようとするが、桔梗さんの髪を握る手は強まり、ぶちぶちと毛の抜ける音が聞こえ始めた。


「いやねぇ。しつけのできてない子供は。寝てても男をたぶらかすことは学ぶものなの?」


わたしは目を上に向け、桔梗さんを見る。

その顔はわたしを侮蔑したような笑みを浮かべていた。