カフェスペースに真紀さんと居た時、彼は後ろに立っていた。

あの湖の底のような暗い眼は、今思い返してもぞっとする。

てっきりわたし達の話を聞いていたんじゃないかと思っていたのだけど、違った?

どちらにせよ、誤魔化す気はなかったので、わたしは話すことにした。


「詳しくは聞いてないの。

人を喰う化け物がいる……それだけよ」


自分の家、家族がそんな噂の対象となっているなんて、いい気持ちがするわけない。

しかし雪君に動揺した様子はなく、小さく息を吐いた。


「確かに……そんな噂があります」


目を見開き驚くわたしを見て、雪君は躊躇うよう目を彷徨わせる。


「すみません。
カフェスペースで、少しだけ話を聞いてしまいました。

真紀さんが何故その噂を知っているのか……驚いたので」


「驚いた?」


「はい。その話は一部のものしか知らないと、そう思っていました」


雪君は窓に近づき外を見た。

わたしに背を向けているので、その表情は分からない。


「今から十八年前の話です。

うちに宿泊していた方が行方不明になったことがありました」


十八年前。

わたしは生まれたばかり、雪君は生まれる前だ。


「いなくなったのは地質学を研究していた女性で、島人総出で捜索を行いましたが、見つかりませんでした。

もっと人手が必要だということで、すぐに本土の警察に連絡をしたのですが、ちょうど台風がきていたので、海が荒れ、船が出せない状況だったそうです」