自分は不幸なのだと思っていた。
 自分は一番可哀想な人間なんだと思っていた。

 何も言わずに受け入れてくれていたスラム。
 生きることにも死ぬことにも受け身の自分を支えてくれていたハイジ。

 生きろと言ってくれていた。
 一人、俺だけが、そんな当たり前の言葉に抵抗していた。
 不幸な自分が可哀想で。

 苦しかった。
 楽になりたいと思った。
 この生活に慣れたハイジには俺の気持ちなんてわかるわけがないと思った。
 誰もどうにもしてくれないと思っていた。

 結局、俺はスラムを馬鹿にしていたのだ。
 俺はハイジを見下していたのだ。

 それに気付かなかったわけではないだろう。
 それでも、そんな俺のために自分を差し置いて、いつだって俺を優先してくれていた。
 皆そうだった。
 どんなに小さな子も、誰も文句も言わず。

 一番わかっていなかったのは俺自身だったのだ。


 どんなに抵抗しようと、俺はハイジになった。
 どんなに抵抗しようと、今の俺にはスラムしかない。

 それが紛れもない事実であるということを、俺はこのときはじめて、本当にはじめて理解した。

 生かしてくれたこと、生きるチャンスを与えられることは当たり前ではないのだ。

 死にたいなんて嘘だ。
 生きることに貪欲なハイジが眩しくて目を反らしたかっただけだった。


「……ササ、ラ…」


 途切れ途切れに、うわ言のように呼ばれる名前。