埃と書類の舞う書架に、光の精でも現れたのではないかと錯覚しかける。
 幼いころから何度も見ているというのに、何度見ても見慣れない美しさ。

 床に届きそうな程長い、ウェーブのかかった、光を弾く金の髪。
 エメラルドのように輝く瞳。
 「聖女」と呼ぶに相応しい、太陽のごとき美しさと可憐さを兼ね備えた麗しい女性。

 「どうしたの、マリア?」

 私の義姉に当たる、「聖女」ルアーリ・ファステッタ様。
 この家の『唯一の』娘である姉は、名家という名に相応しく、美しい。

 「…せ、…姉様。」

 身内の贔屓目だからではない。聖女たる姉様が美しいことはこの国中に知れ渡っていて、幼女の頃から見合いの話は途切れない。
 町を歩いていても、男は誰しもが姉様に見惚れ、女は誰しもため息をつく。
 聖女である今でも、貴族、貿易商、挙句の果てに王族までもが姉様を嫁に妾にと、話が絶えたことがない。

 巫女が巫女足り得る純潔は、巫女の力の源に近い。
 だから時期が来るまでは、結婚は絶対にあり得ない。
 だというのに、男共ときたら聞く耳を持たないのだ。

 「何か…大きな物音がしなかったかしら?」

 小首を傾げるという小さな仕草すらが気品を漂わせる。
 下手をすれば、貴族よりも美しい。

 「…なんでも、ありません。研究が、行き詰ってしまって。」

 苛立ちを押し殺して、呟くようにそう言う。
 そう?と微笑んだ姉様の背後に、影のように付き従う人影があった。

 書架の暗さと苛立ちとが相まって、その存在に気づかなかった。

 姉様と一緒に居たのは、騎士団団長のラグナ・ゼウラ様。
 冷静で寡黙でありながらとても優しいという、団長として、人として、完璧とも思える人柄の方だ。
 欠点らしい欠点といえば、無口であるが故に誤解されてしまうことが多いこと。
 この国でも数少ない、戦闘を生業とした民族の出身である為に子供に怖がられてしまうことくらいだろうか。

 幼少のころは、大人で優しいラグナ様に憧れこそ抱いたが、常に姉様といるラグナ様を延々と見続けていればその気持ちも冷めるというものだ。

 民族特有の浅黒い肌。
 深紅の瞳に黒髪という、珍しい外見をしている。
 彼の出身の民族ではこれが普通なのだそうだけれど。