「ゆか?」
「あの人ひどい。あっこ先輩の気持ち踏みにじって。」
中が暗くて気が付かなかったが、
ゆかの顔は涙で濡れていた。
鼻と口を押さえていたハンカチタオルで涙を拭き、
泣き続けた。
「あーいう奴よ。それより誰も具合悪くなったりしてない?純、途中から口押さえてなかったけど。」
「大丈夫。ちょっと頭が痛いくらい。」
「外の空気いっぱい吸って。お腹の底から吐いて。」
姉貴に背中をさすられながら、
大きな呼吸を何度も繰り返した。
「同じ人間とは思えなかった。あの人。」
肩を震わせながら、香代はトシに抱かれていた。
異様な光景だった。
高校生の僕たちが見ていい現実では無かった。
「帰ろう。今日は3人共うちに泊まりな。今日は1人ですごせるような日じゃないと思うから。」
姉貴が車を軽快に走らせて、
僕の家に向かった。
車の中で姉貴が電話していた内容は聞かなかった事にしたかった。
「龍司、なんとかしてよ。大事な弟が殴られた。殺したって構わないから。あんなクズ。」
目が本気だった。
誰も電話の内容には突っ込まなかった。
というより突っ込めなかった。
佐倉先輩があそこまで姉貴を恐れる理由も分からないし、
知りたくもなかった。
僕の中で姉貴はいつまでも
弟想いも優しい姉貴でいればいい。
今日見た事は忘れよう。


