「どうぞ」
「お邪魔します」
「狭くてごめんね」
「ううん、居心地いい」

予定を合わせてくれた慎司さんが指定した場所は、わたしの部屋だった。散らかっていた部屋を片付け、使うか分からないのにお風呂なんか磨いちゃって...嫌われた方が楽なのに、こんなにギリギリまでよく思われようとしている自分がいた。ほんと笑える。


慎司さんが腰を下ろしたのはベットの横。見るわけでもないのにテレビをつけて、サスペンスなんか眺めてる。心ここにあらずみたいな目をしている横顔に、勇気を出して話しかけた。

「慎司さん、あのね わたし..」

「泊まってくるって言った」

「....え?」

「....泊まってくるって、言ったから」

ゆっくり近付いてきた慎司さんは、グラスを持つわたしの右腕をギュッと掴んだ。


あ、あの時と一緒。

腕を掴む力も、暖かさも、指の細さも一緒。


ただ違うのは、ゆらゆらと揺れる慎司さんの目だけ。なにかに迷っている目。その目はわたしに何かを訴えかけてきていた。

「かな」

腕を掴む手が腰の後ろに回る。少しずつ近付く顔と顔。でもわたしは揺るがない....もう、決めたんだから。慎司さんのためにも。奥さんのためにも。子供さんのためにも。わたしのためにも。

「慎司さん、わたし」
「何も言わないで」

腰に回る手が、ギュッと二人を近付けた。少しバランスを崩したわたしはとっさに床に手をついた。持っていたグラスは膝の上に倒れて、甘いミルクティーがこぼれた。冷たい液体がスキニーパンツに染み込み、内ももを濡らした。部屋に充満するミルクティーの匂いと、首筋に感じる慎司さんの温もり。わたしの決意を変えてしまうには、十分な条件だった。