最後に坂井医師と会ってから、どれだけの月日が流れたのだろうか。そんなことはもうわからないくらい、とにかくいっぱい時間が流れた。

 坂井医師は心の真ん中からいなくなった。神社での出来事は遠い日の思い出となった。

 昼食時、咲子はいつものように工場の社員食堂で日替わりランチを食べる。500円出せば、メインディッシュに味噌汁と小鉢、ご飯が付いてくる。メインディッシュは揚げ物が多いから、夜ご飯に野菜を多く摂ることにしている。

 食事を済ませた彼女は、食堂前にある自販機でお茶を買った。千円札を入れたから、お釣りの硬貨が出てきた。

 100円玉が一つ、リノリウムの床の上に落ちて転がっていく。

 硬貨は車輪のように転がって、パタッと横を向いて倒れた。
 
 男物のスニーカーがすぐ横にある。

 咲子の視界に無骨な人差し指と親指が現れ、硬貨をつまみ上げる。硬貨が上に上っていくのに合わせて、彼女の視線も上に向かう。

「はい。これ」

 咲子の100円玉を拾ってくれたのは、若い男性社員だった。

 茶髪の見慣れない顔。

配送係のジャンパーを着ているから、咲子たちとは違って外勤の職員なのだろう。この製菓工場で作られた製品は、首都圏各地にある系列の販売店へ自社のトラックで配送される。彼はおそらくトラックドライバーだろう。