「ではお言葉に甘えていただきますね。ありがとうございます。これ、好きなんですよね」

先生がそれを好きなのを知っていたから買ってきたのだ。彼は咲子にそう言ったことがあることを、彼はもう忘れてしまったのかもしれない。

目の前に満面の笑みが広がる。咲子がこの一ヶ月間ずっと頭の中で思い描いてきた顔だ。

一瞬胸がほわんと温かくなって、それから切なくなった。

先生は「あ、そうだ。そこでちょっと待っていてください」と言って、一旦ナースステーションの奥に引っ込んだ。

しばらくして、奥から先生が紙コップを二つ持って戻ってきた。中にはコーヒーが入っている。

「ちょうどお腹が空いていたんですよね。せっかくだからそこで一緒に食べませんか。コーヒー持ってきましたよ」

先生は廊下にある長椅子に咲子を誘った。彼に促されるまま咲子は長椅子に座り、二人でシュークリームを食べた。

おやつを食べながら、二人は当たり障りのない話をしていた。咲子は高村さんや江波さんの近況をたずね、坂井先生は咲子の体調をたずねた。

夢にまで見た「二人でお茶」だった。すぐ隣に坂井先生がいるってなんだか信じられないシチュエーションだ。

時折、先生の理知的な横顔に見惚れそうになって、慌てて視線を逸らした。コーヒーをこぼさないように気をつけて飲まないといけない。