「色々な所に旅行したなんて羨ましいですね」

咲子が言う。

「はい、僕が行った所は……」

途端に高村さんは自分が訪れた県とその県庁所在地を列挙し始める。

咲子はたまに会うだけだから、この一方的な長話に付き合うことができるのだろう。彼と関わる医療従事者は適当なところで話を切り上げようとするのだろう。こういう人が「話をよくきいてくれる」と評している坂井医師は相当根気が良いか、あるいは優しいのだろう。

おそらく高村さんは子供の頃からずっと一人ぼっちだったのだろう。親にも捨てられて、友達もいなくて、鉄道の世界だけが唯一の楽しみだったはずだ。

面倒臭くても、ちょっとぐらい話を聞いてあげたらいいのではないだろうか。

気がつけば一時間が経過しようとしていた。うどんはとっくに食べ終わっていた。

咲子が何か注文することを勧めても、高村さんはそれに生返事をして自分の話に夢中になっていた。